座っているぼくの足下に、黒装束の美青年が跪き、木桶のなかのぼくの足を入れる。「ドィー・ドゥー・クー・イー・マー?(湯加減は如何?)」と訊ねる。ぼくは頷く。それを見て、かれも頷く。壁には、「四二式足道魂」と墨文字が踊る。かれはぼくの足に刷毛で抹茶色の薬液を塗る。やがて足をひたした湯は、なにやらタピオカって言うか、あるいは春雨を刻んだように、ぬるぬるした感覚になって。 それからおもむろにフットマッサージがはじまるのだ。かれの指とともに、どんどんぼくの足の裏がどんどん拡がってゆく、ほどけるように。ぼくはおもう、体は心、心は体。そしていまぼくの足は夢を見ている。柔らかな雲のなかを漂うような夢を。
ぼくにはほんとうに心が壊れそうな時期が長いことあった。そんなある時、重いカメラバッグをぶらさげ、六本木をうろついていたら、太った女の人なつこい笑顔につかまった。美人とは言えなかったし、化粧も妙な具合に濃かったけれど、人なつこい味わいがあった。そしてぼくはおそるおそるマッサージを受けたのだった。彼女の名前は秦さん、桂林で中医学を学び、当時六本木でマッサージの仕事をしていた。彼女のマッサージは極めて強揉みだった、体が壊れそうなほどのマッサージだったけれど、不思議とその後からだは爽快になっているのだった。そしてぼくは気がついた、壊れそうなのはぼくの心だけじゃなく、体もだったことに。
それ以来ぼくはときうどきマッサージに通うようになった。たまに日曜日の午後に寄ったりすると、彼女は煮込み蕎麦を作って食べさせてくれたり、桂林のヴィデオを見せてくれたりした。山水画の風景! そびえたつ山やま、光を照り返し水面を輝かせて流れる大きな川、そしてその川のなかから白い石灰岩が-マックス・エルンストの絵のように!-にょきにょきいくつも隆起しているのだった。不思議な風景だなぁ、と、おもったものだった。
ぼくがそんな回想にひたっているうちに、いま、北京の美青年は全身マッサージに移り、ぼくの体を揉みほぐしてゆく。体は血液の循環する水路のようだ。水路が穏やかな日を浴び、歌を唄う。
ぼくは夢心地のなかで、ふたたび秦さんのことをおもっていた。出会ってから2年がたった頃だったろうか、いつのまにか六本木のマッサージパーラーは経営者が替わり、新しくなったその店に秦さんはもういなかった。秦さんの太い指、優しい笑顔、ぼくを桂林に誘ってくれた秦さん・・・。
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