『我的印象北京、2005年。(15)』ジュリアス・スージーさんの日記

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ジュリアス・スージー (男性・東京都)

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日本へ戻ってきてぼくは何人もの友達に北京の話をした。料理がおいしかったこと。レストランはプレゼンテーションが上手だったこと。さまざまな中国料理が息づいていたこと。フランスパンも、ショートケーキもおいしく、アイリッシュパブや、タイ料理、イタリア料理のレストランもあること。マッサージが気持ちよかったこと。街が無限に広かったこと。ジャンパー姿で自転車に乗る人たちの他方で、ベンツを乗り回す人や、ハイファッションに身を包む人たちがいたこと。けれども、話しても話しても、どこかに語りきれないなにかが残った。



いまでは毛沢東の紅い手帖も、おしゃれブティックの雑貨のひとつだ。外国から来た観光客がおもしろがって買ってゆく。若い娘の店員は、最初はそれを千円くらいにふっかけるけれど、値切れば百円以下まで下がる。もっとも、ぼくはその紅い手帖を買いはしなかったけれど。最近でこそ中国で文革批判もだいぶ出てくるようになったらしいけれど、それでもいまだに毛沢東批判はタブーらしい。あれでもいちおう国をひとつにまとめたっていう功績があるってことになっている。また、文革をくぐり抜けてきた知識人は知識人で、みんな用心深く、みんななかなか口を割らない。


また、いまさら文革の話でもないだろう、そんな声もあるでしょう。じっさい、それはそのとおりではあって。解放後、誰もがよろこびに沸き立って、それまで封印されていた西側文化も知って、さぁ、これから中国の明るい未来が開かれる、と誰もが信じた。ところが解放して14年めの1989年には、あの残虐な天安門虐殺事件が起きた。そしてその血まみれの過去からたようやく立ち上がって、いまの中国の経済発展がある。



ぼくはあらためて、ぼくのささやかな北京体験をおもいだす。デパートの前庭で、中国語のヒップホップに乗せて、ダンスを踊る若い娘たち。自転車で駆け抜けるジャンパー姿の男女。交差点で物乞いをする乞食のコドモ。鳴り響くクラクション。そびえ立つピカピカのビルディング。ぼくの足をマッサージしてくれた黒装束の美青年。美容室のMTVのなかのブリトニー・スピアーズ。曇り空を見上げた三里屯。衛彗(Wei Hui)の小説。丘を越えて長城へやってきて胡桃の細工ものを売る赤ら顔の男。おいしかった、家常菜。火鍋。麺料理。さようなら、食を分かち合うことは人生のよろこびを分かち合うことと心得る心優しい人たち。さようなら、紙幣のなかの皺くちゃの毛沢東。ありがとう、みちるさん、みち子さん、泉さん、そしてむらむらさん。



中国とはなんだろう? そんな問いにぼくが答えられるはずがない。ぼくはただ、観光客の目に触れることのできる〈よそゆきの顔の中国〉をかいま見たに過ぎない。ほんとうの中国は、観光客の見えないところにあるだろう。けれども、もちろん誰もその顔を見ることはできない。ぼくは紫禁城のガラスのショウケースのなかに飾られた金メッキの装飾時計をおもいだす。象が牽く車、そこにはラッパ吹き、旗持ち、斧を持った兵隊、そして時計を掲げる従者、武具甲冑に身を包んだ者たちが時計を抱える。歴史という名の気まぐれな象に牽かれながら。(『我的印象北京、2005年。』終わり)




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