『我的印象北京、2005年。(4)』ジュリアス・スージーさんの日記

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Eat for health,performance and esthetic

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ジュリアス・スージー (男性・東京都)

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いま北京にはおいしいフランスパンを焼き立てで売るベーカリーがある。かわいくておいしいケーキを売るケーキショップがある。ヴェトナム料理のおしゃれなレストランがある。タイ料理の名店がある。ドイツ料理、イタリアン、アイリッシュ・パブ、和食も吉兆だのなんだのがちゃんとある。インド料理とフレンチはパッとしないようだけれど、それでもフランス・フュージョン料理と銘打ったレストランが1軒ある(入らなかったけれど)。ファッションだって、ハイファッションから各種カジュアルウェアまでなんでも揃う。いま、北京は、ロンドンに、ニューヨークに、東京に敵愾心を剥き出しにして、ただし北京こそがいちばんクール、と主張する。北京はヒップホップで踊る若い娘だ。




ぼくは、おしゃれな美容室へ入って、シャンプーとカットをしてもらった。ぼくは手帖に得意の絵を描き、かんたんに希望の髪型を示す。36元。約600円か。カラフルなアクリルを多用した内装の店内には、でっかいプロジェクターがあって、そこには大音量でブリトニー・スピアーズのライヴヴィデオが流れていた。ブリちゃんは甘い吐息をもらしながら身をくねらせ、歌う。字幕にテロップが流れる、「我願望自由的生活」




日本人が中国を見て、この道はいつか来た道とおもうのは傲慢かもしれない。それでもぼくは、1970年代初頭の-そう、大阪万博直後の-日本を連想してしまう。すでに東京に首都高ができ、地下鉄が走り、東名高速が走り、東京-大阪間に新幹線が走り、フォークとロックが流行り、ファッション雑誌が(『anan』だ!)創刊された頃の日本を。ちなみに日本の1971年はファストフード元年と言うべき年で、ファストフードとファミレスがむらがり誕生した。銀座三越の軒先に、マクドナルド1号店がオープンしたことは誰もを驚かせた。日本マクドナルドを立ち上げた藤田は、2万5000のマニュアルで商品のクオリティをコントロールし、経営戦略には、QUALITY 、SERVISE 、CLEANLINES、そして、SMILEを掲げた。藤田は自分の経済戦略をユダヤの商法と名づけ、そして不敵に笑った、「ハンバーガーを食べ続ければ、千年後には、日本人も金髪になれる。」



この道はいつか来た道・・・いや、しかしそれは不遜と言うよりも不正確であるに違いない、いま、猛然と疾走する中国に対して。むしろ中国はまだ誰も見たことのない未来を切り拓こうとしている。そしてぼくはおもいだす、セクシーに身をくねらせ歌うブリトニー・スピアーズの歌声を。「我願望自由的生活」



https://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/diarydtl/170292/へつづく
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