『我的印象北京、2005年。(3)』ジュリアス・スージーさんの日記

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Eat for health,performance and esthetic

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ジュリアス・スージー (男性・東京都)

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数年前なら故宮のなかに星巴克(スターバックス)が出店していることが話題になったろう。あるいは、天安門広場にマクドナルドが登場したこと。はたまた肯徳基(KFC)の売り上げが世界一だとかそういった話題が。けれどもそんな話ももう古い。たとえば永和大王は、24時間営業の台湾系ファストフード・チェーンだ。店のファサードは全面ガラスで、オレンジを基調とした店内には、ポップな椅子とテーブルが並び、壁にはクールな料理写真が飾られている。この店では、安くておいしい中華を24時間食べることができる。店内は賑わっている。



豆乳、
油条、
甜点、
粽、
焼売、
餃子、
肉松飯団、
鳥肉米粉、
蛋餅・・・



たとえば朝ならかれらは、粥を食べ、豆乳を飲み、油条を囓るだろう。忙しい仕事のあいまに、昼食や夕食をかきこんだりもする。ぼくはこの店にたいそう驚いた、だって、もはや中国が資本主義の演出の手法をすっかり身につけていることに。そしてまた北京でもひとりで食べる孤独な食事もまた定着しはじめていることに。永和大王の店員はいつも店内を掃いたり拭いたり掃除をしている、北京は砂埃が舞い散るので、路面店ではつねに掃除が必要なのだ。表通りはクルマが行き交う。セリカ、フォード、マツダ、シトロエン富康、アウディ、ベンツ、あるいは名も知らぬ中古車・・・。埃まみれのボディを気にもとめずに。そして自転車を漕いで走り抜けてゆく人たち。



北京在住の友人は笑う、「十年前は天安門の前を馬が荷車牽いてたんですから。バスだってね、窓ガラスなんて1枚も嵌ってなかったし、床板には穴があいてましたから。しかも客がバス降りて、後ろにまわって、みんなしてバスを押している光景もよく見たもんですよ。」



さらには、年長の知人が話してくれた1963年の中国話をも、ぼくはおもいだす。かれは言った、「ぼくが中国へ行ったのは、1963年。文革の前、周恩来の時代ですよ。ぼくは学生運動をやってましたから、その代表として、向こうの青年団体に招待されたんですよ。あの頃はまだ国が若くてね、ぼくは工場の指導者にも、党員書記長にも会ったし、いろんな人に会った。みんなまじめでね、新しい国を作ってゆくんだっていう気概に満ちていた。目がみんな子供みたいに輝いていてね、見た目は30歳くらいの工場の指導者の人も、歳を訊いてみると50歳だったりするんですよ。あの頃、広州ではみんな裸足でしたよ。靴を履いていたのは役人だけだった。もっとも北京ではみんな靴を履いていましたけどね。・・・さぁ、これから国がよくなってゆくというそんな矢先に、毛沢東が文革でもって、すべてをぶっ潰しちゃった。」紅兵衛たちが寺をぶっ壊して、坊主を反革命として吊るしあげたり、資本家と名指して工場長を吊し上げたり、非道いことをいっぱいやった時代のこと。けれども、そんな時代もいまやまるで蜃気楼みたいだ。北京では十年まえさえもすでに忘却の彼方だろう。いまや北京では、誰もがビジネスという名の新しいゲームに夢中だ。誰もが生きるのに忙しいのだ。



https://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/diarydtl/170291/へつづく
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