胸いっぱいの好奇心とかすかな不安とともに、韓定食屋へ入ったぼくの前に現れた仲居さんは、なんだか体重がないかのような女性で、年齢不詳だった。彼女は、やわらかな口調の少し奇妙な日本語で、コース説明をしてくれるのだった。か細いけれど、きれいな声。そして彼女は、ときどき、じぶんのしゃべる話に、間投詞のように、ハイ、と相槌を打ち、その「ハイ」は、鼻母音のように発音されるのだった。「ハ」の音が喉の奥で発せられ、「ハ」につきしたがう淡い陰のように「イ」の音が消えいるように鼻へと抜けてゆく。音の高低は極端で、滝が流れ落ちるようだ。「ハイ」
メニューを見ながらぼくは、酒はマッコリにしようかなぁ・・・などととおもいつつ仲居さんの顔をうかがったところ、「では、ドンドンジュはどうですか?」と、勧められ、名前を聞いたことさえなかったけれど、なぜだかぼくはそれを注文していた。
ぼくの推察では、マッコリはいかにも普段着の酒であり(推定)、韓定食には似合わないのかも??? だって、そもそも韓定食は伝統的宮廷料理で、その後それを高級官吏たちがマネして食べはじめたそうな。こんな話を聞くと、なんだか出自がフランス料理に似ているなぁ、と、おもう。はたして、料理の方はどうだろう?
●
さて、最初に出てきたのは、ドールンジ。お粥のうわずみみたいな飲み物が椀に注がれている。まさに懐石みたいな、禅味とでも言うのかなぁ、ありがたいような、ありがたくないような、淡い淡い味覚だ。
次にチルジョンパン、例の7分割された円形皿に、色とりどりに、具が並べられ、中心に生春巻きの皮みたいなの(円形に小麦粉でつくった皮)が重ねられている。これを具を挟んで、タレをつけて、食べるのだ。具は、ほぼすべて線切りであり、卵焼き、茹で卵の白身、キュウリのゴマ油あえ、シイタケのゴマ油と醤油味、ニンジンなど・・・。それらを皮に乗せ、皮ごと半分に折って、タレをつけて食べるのだ。そんなままごとみたいな作法が、かわいい。
また、それらの具の色は、白、青(緑)、黄、赤、黒を揃える決まりになっており、陰陽5行説(そんなもん、ぼくが知るはずもないけれど)にちなんでいるそうだ、と、ものの本には書いてあったことだけは、ぼくはおぼえているぞ。
ちなみに、この7分割円形皿には由来があるのだそうな。仲居さんは教えてくれた、「最初は、王様がクジョンパン(9つに中が分かれた皿ね、)で食べてました。その後、おカネ持ちの人たちが、食べるようになりました。王様のマネをして。ハイ。でも、王様の食事をそのまままねしてはダメとおもて、お皿の(分割の)数をふたつ減らしました、ハイ」
なんか日本のおせち料理の、うんちくみたいじゃないの。ダテ巻きという名前は、伊達政宗が魚のすり身に卵をまぜて焼いたのが好きだったことにちなんでいます・・・みたいな。鼻母音の仲居さんも、例の皿の解説を解説を毎晩やってんだろうなぁ。小鳥のような「ハイ」とともに。
つづいて、チャプチェ、ホンアー、ヘッパルレンチェなどの、料理が並ぶ。冷たい料理がつづく。それらはめでたい日の料理なのだそうな。どうもそのあたりが韓定食はおせちに似ているな、コブ巻き食べてこの1年をよろコンブみたいな。
次はチヂミの親戚みたいなピンデット、そしてチヂミ。暖かい料理の登場だ。
ここでお酒、トンドンジュがサーヴされる。なるほど、絶妙のタイミング、冷菜、温菜が出てきた後、いよいよ、酒である。トンドンジュはマッコリ同様、乳白酒の酒であり、ただし、こちらは軽く舌の先に酸味があたる。
そしてシンソウロウと言う野菜とシイタケとギンナンとクルミとニンジンと肉とダイコンの煮込みが現れる。しゃぶしゃぶ鍋で調理され、味付けは淡く、野菜は拍子木切りだ。
そしてチゲ。あとはデザートはなんだったけなぁ。忘れちゃった。まぁ、そんな具合に、ぼくは韓定食をたのしんだってわけ。
さて、韓定食って、どうよ!?? そしてぼくは考えた。う~む、ま、韓定食には、ほかの韓国料理のぶっというまさとはかなりかけ離れていて、逆に、これ見よがしの上品さの演出があるようだ。ちょっと懐石に似ているかも。とはいえ、懐石料理のように包丁テクを競ったりはしないし、魚の選びに命を賭けたりもしないようだ。また、韓定食は、時間に沿って、メニューが構成されている点も、韓国料理のなかでは異色だ。
そしてそれらを総合してぼくは理解した、なるほど、韓定食は、皿数で勝負の、歓待責め。パフォーマンスお膳ごしらえ勝負、なのだ。純粋に料理的には、ややものたりなかったけれど、それなのに妙に心に残った。鼻母音の仲居さん、ぼくは4次元世界の竜宮城にいるかとおもったよ。
そして韓定食を食べ終わったぼくはと言えば、なんだか急に、もっと街場の料理を食べたくなって、新村 Sinchon の雑踏のなかまぎれ込んでいった。まだ夜は若い。まだ、夜の10時半じゃないの。目の前には、喰いきれないほどの韓国料理がぼくを呼んでいた。さぁ、なにを食べようか?
https://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/diarydtl/170197/へ続く。