『韓定食は食べるべきか、否か?-2004年11月のソウル観光日記。その2』ジュリアス・スージーさんの日記

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Eat for health,performance and esthetic

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ジュリアス・スージー (男性・東京都)

日記詳細

ぼくは韓定食に興味があった。さまざまな料理が盛られた小皿が、食卓狭しと並んでゆく韓定食に。ただし、食べることが大好きな友人は出発まえのぼくに言った、「え? 韓定食? あぁ・・・みんな韓定食、韓定食って言うけどね、われわれはあえて行かなかったな。理由? だって韓国にはほかにもおいしい料理がたくさんあって、限られた日程のなかでは、食べきれないからね。」


かれは多くを語らなかったけれど、ぼくはさりげないかれの暗示を受け取った。しかし、それにも関わらずすでにしてぼくの韓定食への関心の炎は、めらめらと燃え上がっていたのだった。なぜなら、ヤキニク、チゲ、ビビンパフ、チジミ、コムタン、サムゲタンについては東京でその魅力を味わっていたが、残念ながら、韓定食だけは新大久保でも出している店を知らず、したがってぼくは食べたことがなく、しかもそれはほかの韓国料理とは違った系統の料理宇宙らしいことが予感されたからである。その上、言葉というものはなんと不思議なものであろう、かれの親切なコメントが、逆にぼくの関心の炎に油を注いでいた。いずれにせよ、もはやいったい誰が、ぼくの、韓定食へのパッションを止めることができただろうか? もはやおれの韓定食への関心の炎は、ボーボーと燃え上がって、ぼくの胸を黒く焦がしはじめていた。そしてぼくは、夜の 新村 Sinchon の韓定食屋へ向かった。


新村は、学生でにぎわう街だ。食い物屋がしのぎをけずり、学生たちや若い連中でごったがえしている。東京で言えば高田馬場や、博多で言えば親不孝どおりあたりをおれはおもいだしていた。盛り場としての新村は、いまでこそ、クールな盛り場、弘大 (ホンデ Honde ) にその座を奪われ、また、日本で言えば原宿っぽくもある東大門 (トンダイモン Dondaemun)にも、いまっぽい魅力をかっさらわれたとはいうものの、しかし、いまでも、新村は深夜まですんごくにぎやかな現役の盛り場だ。また、なかにはおしゃれなカフェだってないことはない。

そしてぼくは、人混みをかき分けながら、韓定食屋へ向かったのだった、夜空の彼方から聞こえてくる 食通の友人の暗示めいたせりふを聞きながら。「みんな韓定食、韓定食って言うけどね、われわれはあえて行かなかったな」。


はたして韓定食とはなんなのか? そしてその夜の食はぼくをよろこばせてくれるだろうか? 


https://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/diarydtl/170196/へ続く。
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