事実はほぼわかっているけれど、けっきょく歴史は語れない
あらためておもう、1947年の独立に至るまでの、
植民地インド450年って、なんて、とんでもない歴史だろう。
ポルトガルのユダヤ人ペロ・ダ・コヴィーリャ、
続いてヴァスコ・ダ・ガマが、インドのカリカットへ到着。
1600年から英国東インド会社がインド商売に乗り出し、
ボンベイ、マドラス、カルカッタと拠点をつくり、
略奪貿易に入れあげ、
商社の分際で、軍隊を持って、戦争をして、
税金を徴収まではじめた。
19世紀半ば、インド大反乱を経て、
大英帝国は、これ以上、東インド会社にまかせておけない、
と英国政府直轄統治に移行する。
なるほど、大英帝国は、
(もっぱら英国が儲かる仕組みで)インドに鉄道を引き、
沿岸部と内陸部を結んだ。
大英帝国は、インドにいくつかの大学をこしらえ、
インド人エリートを育成した。
そしてインド人たちのなかから独立運動が生まれる。
第一次大戦後は、インド人は地方自治を獲得し、
第二次世界大戦には大半の州が出兵拒否さえし、
インド人は、少しづつ力を持った。
一方に、弁護士あがりの聖者のようなガンディー、
合理主義者のネルー、
ヒンドゥーとムスリムは和解できないと判断を下した、ジンナー、
他方に、スバス・チャンドラ・ボースたち過激派たち。
1847年、インドは独立を果たした。
ただし、それはヒンドゥーとムスリムによる対立、
国土を割る悲しみをともなった独立になった。
どうしてこういう結果になったのだろう?
いいえ、そもそもインド独立までの歩みを整合的に語るのは難しそうだ。
多くの歴史書も、出来事を順番に語るだけだ。
けっきょく、インドの独立に貢献したのは、ヒトラーではないか、
(ヒトラーが大英帝国をさんざん攻撃して、くたびれはてさせたから)
というシニカルなジョークさえあるほどだ。
こんなに長く文章を綴ったのだもの、
ここでなにか末尾にふさわしい言葉を書きたい。
その気持ちはやまやまだけれど、
でも、残念ながら、いまのぼくに、
その言葉を書く力はない。
ぼくはただ呆然と、大英帝国およびインドの近代史をおもうばかりなのだ。
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