『ヨーロッパのはずれの島と、象の顔の形をした大きな大陸の歴史(36)』ジュリアス・スージーさんの日記

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ジュリアス・スージー (男性・東京都)

日記詳細

まず最初にフランスが降伏しました






1940年5月ドイツは、フランスを占領した。
ドイツにとっては、実に景気良いはじまりであり、
フランスにとっては、悲劇的なことだった。
フランスは、ドイツとの国境線に、
莫大なカネをかけて、
(いまで言えば安藤忠雄ふうの?)
コンクリート製の要塞をいくつも作って並べていたものの、
しかし、フランスは空軍が弱く、
しかも今回のように陸から総合的に攻められて、
あっというまに降参した。
フランス人は意気消沈した、
あぁ、普仏戦争パート2になってしまったか。
フランス領アルジェリア育ちの愛国者カミュは、
うろたえながらペンを走らせた、
「きょう、ママが死んだ、きのうかもしれないけど、
どっちだって同じことだ」
小説の終わりで、主人公は、
地中海、地中海、地中海、と
声を限りに賛美したものだ、(気の毒に。)






1940年7月10日、
英国上空とドーヴァー海峡で、
ドイツ空軍と英国空軍が、壮絶な空中戦がはじまった。
ドイツ空軍は、内陸部の飛行場を狙って空襲を繰り返した。
英国は、レーダー網を活用し、
アメリカからカネを借りながら、戦争を続けた。
ドイツ空軍は、ドーヴァー海峡そばの輸送船や、
沿岸の港を攻撃した。
他方で、ドイツは海軍力が弱いゆえ、
潜水艦U-ボートから魚雷を発射したものながら、
しかし、第二次世界大戦では、Uボートはそれほど威力を発揮できず、
逆に、英国海軍は、Uボートを撃沈して、よろこんでいた。
ドイツだって、石炭と鉄鉱石はふんだんにあるし、
石油も(石炭からの液化技術があるゆえ)なんとかなる、
とはいえ見栄を張ってはいても、カネがないのはドイツも同じだった。
10月の終わりに、ナチスドイツは、
英国上陸作戦をあきらめ、撤退していった。






そして1941年、ナチスドイツは独ソ不可侵条約はあっさり破棄し、
ソヴィエト連邦を侵攻した。
独ソ戦 Soviet-German War の死者は、
ソヴィエト兵が1128万人、ドイツ兵が500万人。
民間人を含めるとソヴィエト連邦は2000~3000万人が死亡し、
ドイツは約600~1000万人死んだそうな。
気が遠くなる数である。







つづく  →  http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/diarydtl/54637/
目次 https://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/diarydtl/161891/

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