パクス・ブリタニカだなんて、笑っちゃうな
大英帝国も、五賢帝時代のパクス・ロマーナになぞらえて、
パクス・ブリタニカ(Pax Britanica:大英帝国の平和)なんて呼んだりするけれど、
ま、英国本土のことだけを考えれば幸福で平和な時代だったろうけれど、
でもねぇ、悪いけれど、古代ローマと大英帝国じゃ、役者がぜんぜん違うんだ。
パクス・ブリタニカだなんて図々しいったらありゃしない。
たしかに帝国という理念も、植民地を経営するという発想も、
古代ローマ帝国に由来している。
むろん1400年代のフィレンツェ人たちの古代ローマへの熱狂が、
かの古代帝国の栄光を世に知らしめたのだった。
ラテン語を学べば、ローマにいまも残る、
パンテオン、コロッセオ、凱旋門の意味も偉大もわかる。
そしてヨーロッパ人たちは驚いた、
BCとACをまたぐ遥かな古代に、高い文明があったことに。
イングランド人も、1500年代に古代ローマ熱にかかっちゃって、
みんなしてラテン語文献を読みはじめる、
へぇ、えらく立派な文明があったもんだねぇ、
なんてイタリア人に百年遅れで圧倒されちゃって。
ラテン語を学ぶもんだから、それまでのロンドンのズーズー弁に、
リッチなヴォキャブラリーが増えていって、
それがやがてクイーンズイングリッシュに結実する。
シェイクスピアなんて芝居小屋の座長にでもかかわらず、
客筋に皇室関係者や政治家だのが多く、
そういう英語の変化に対応していて。
だからこそグローブ座も、古代ローマ仕様になっている。
ま、ざっとそんなふうに、
イングランド人が古代ローマに熱狂したわけだけれど。
とはいえ、古代ローマの植民は、
大英帝国の植民に比べて、遥かに洗練されていて、
そこには植民する側とされる側の、共益性が担保されていた。
そこが、大英帝国と大違いなポイントなんだ。
そもそも2000年まえは人口も少ないから世界はスカスカ。
都市がまさに「点在」してた。で、ローマ人はまずそれらの都市に
「植民地としてのオプション」をいろいろ見せ、
外交契約を結んでまわる。
一種の取引だ。植民された側も、悪くない取引だっておもっただろう、
パリ、リヨン、ロンドン、ケルン、ブルガリア、
他方、カルタゴ(チュニジア)、アレクサンドリア(エジプト)、
シリアの方では、ダマスカス、バビロン・・・。
それらはすでにそれぞれ独自の歴史をそなえた都市であり、
そこをローマ人は、ローマ流にリメイクする。
たとえばね、2000年まえのパリだって、
もともとはガリア人たちが住んでた、
そこにある日突然ローマ人がやってきて、
シテ島と、それからいまで言えば
ソルボンヌとかカルチェラタンのあたりを「ローマ帝国」にしちゃう。
あと、リヨンもでっかい河があって使い勝手が良い街、
ローマ人は「よしッ、ここも征服だ!」なんちゃって、
植民地にしちゃう。そして得意のデヴェロッパーパッケージ・プランで、
街を改造してゆく。
ローマと植民地契約を結んだ国の側にしてみれば、
ローマ人は城壁作ってくれるし、神殿作ってくれるし、広場も、
コロッセオも作ってくれる、上水道も引いてくれる、
他の都市へ行くまでの道まで作ってくれる。
こんなありがたいことはない。
次にローマ人は、5万人規模の、
ちょうど銀座の半分くらいの「ちっちゃな拠点」、
いわば「ニュー・リトル・シティ」みたいなのをいっぱい新規開発してまわる。
言わば、原っぱに縄張って、「ここはローマ都市」とか宣言しちゃう。
で、例のパッケージ・プランでちっちゃな街をいっこ作っちゃう。
500m×500mで城壁をこしらえて、
道を舗装し、上水道を引いて、
まんなかに神殿作って、広場を作る。
コロッセオ作って、半円劇場、浴場、図書館、5階建ての団地も作る。
で、税収はローマにチャリーンッ。
ローマ人は、ぜんぶこのデヴェロッパー的統治のパッケージ・プランで、
ヨーロッパのさまざまな場所を「小拠点として」抑え込んでゆく。
ほんとうに「すべての道はローマに通じ」ているわけよ。
逆に言えば、ローマ人は、道作りながら、帝国の版図を拡げていった。
ローマ人は、「貿易」と「商業」と「農業」を同時に考えてるから、
良い植民物件を見つけだすのが巧い。
しかもローマ人だけは、
ヨーロッパからアラブ圏にかけて星座のように連なる
「ローマ帝国の版図の全体像」が見えている。
しかもローマ人は、人の暮らしになにが必要で、
すなわち都市に必要なものはなんなのか、よーくわかっていて、
しかもそれを徹底的に実現してまわることができるもの優れた土建力があって、
幅広い奴隷階級(職人、技術者、公務員、ブルーカラーのサラリーマン)の厚みがあった。
植民地経営は、植民する側が、植民される側に、いかに共益性を提示できるか、が、
ウデの見せどころ。
古代ローマにはそれができても、しかし大英帝国にはそれが示せなかった。
ましてや、植民する側が、植民される側をとことん怒らせてしまっては、
植民地経営が巧くゆくはずはない。
つづく →
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