英国人のトラウマ、インド大反乱
英国人にとって、1857年インド大反乱は、
飼い犬に手を噛まれたようなもの。
インド人が百年ぶりに自分たち英国に怒りの声をあげ、
しかも、ヒンドゥーとムスリムが共闘し(!)、
さらには旧権力さえもを巻き込んで、
暴動を起こし、英国人たちを殺しさえした。
かれらにとっては、けっして、あってはならないことだった。
かれらはそれを力づくで抑えこんだとはいえ、
それはひとつのトラウマになっていた。
なるほど、植民地の人間が宗主国に反乱を起こした、
という意味では、
1676年英国領アメリカ、ヴァージニアで起こった
ベイコンの反乱(Bacon's Rebellion)から、
1916年、アイルランドで起きた、イースター蜂起まで、
他にも例はあるけれど、
しかし、英国にとって植民地インドの重要性は計り知れず、
かつまた、インド大反乱は、暴動の大きさも、桁違いに大きかった。
その後、英国は、豪華な服装や、
格式ばった儀式で、自分たちの統治者の権威を、
ショウアップしていったけれど、
でも、たとえその後のインド統治が、
儀式がゴージャスになり、見掛け上の統治が平穏に見えはしても、
しかし英国人の内面では、その平穏な状態の、次の瞬間、
自分たちが、インド人から襲いかかられ、血まみれにされ、殺されるかもしれない、
そんな恐怖から、もはやけっして解放されなかったのではないかしら。
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たとえば、英国人たちは、インド人統治にあたって、
人相学(physiognomy フィジオノミー)を活用したことも、
英国人のうろたえぶりが感じられないだろうか?
いや、順を追って、話そう。
まず、19世紀ヨーロッパで、ふしぎな学問が流行した、
その名も、人相学(physiognomy フィジオノミー)、
もともと古代ギリシア~ローマ時代の学問で、
ギリシア語の「physis '自然'」と
「gnomon '判断'」を合体させた語だそうで、
人間の顔や、体つきを観察して、
その人の「本質」について考察する研究である。
これが19世紀ヨーロッパで人気になって、
たとえばバルザックをはじめ小説家による人物描写にも、
この人相学を意識した表現が見受けられるそうな。
さて、大英帝国政府は、そのフィジオノミーを活用し、
まず、インドのさまざまな部族を、
モノクロ写真とともに整理・分類している。
そこでは、遊牧民が「犯罪部族」とされ、
ベンガル人が「虚弱で臆病だが頭が良い」とされ、
シク教徒は「武勇の民族(マーシャルレイス)」とされた。
なんでまたそんな擬似科学にすがったのか、
いまとなっては、わけがわからない。
余談ながら、むかし新日本プロレスが誕生した1970年代~1990年代までに、
「インドが生んだ極悪人」「さまよえるインドの猛虎」と呼ばれた、
タイガー・ジェット・シンという悪役レスラーがいた。
シンという名前から察するところシク教徒のイメージであり、
じっさいピンクのタ-バンを巻いて、
顎鬚をたくわえ、怪しい目で睨みつけるように登場、
サーベルを振りかざし、場内騒然のなか、
客席のパイプ椅子を叩き壊したりしながら、リングに登場。
試合においては、アントニオ猪木から長州力まで、
コブラ・クロー、足4の字固め、勇猛果敢に闘った。
なんと19世紀に大英帝国が統治にあたって作り出した、
「勇猛なシク教徒」のイメージは、
百年後の新日本プロレス興行でも活用されていたのだった。
もっとも、そこばっかり強調するのも、いくらか公平を欠いていて、
同じ頃、小活躍していた、インド人演歌歌手チャダ(Sarbjit Singh Chadha)は、
デリ-出身のインド人が農業勉強しに日本に来たら、
演歌が好きになっちゃって、
真っ赤なターバン巻いて『面影の女』なんて歌ってたけれど、
ただし、べつにチャダは、「勇猛なシク教徒」のイメージとは関係なく、
むしろ「変なガイジン」だった。
当時の日本でターバン巻かなくて許されたインド系芸能人は、
超美人の真理アンヌだけだった。
なお、近年のシクのイメージは、
むしろ、「カネ持ちで、まぬけなシク」として、
ジョークに使われることの方が多いみたいだけれど。
いや、話が横道に逸れちゃった。
英国人が受けた、インド大反乱のトラウマは、
その後の、インド統治に大きな影響を及ぼしていったのではないかしら?
つづく →
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/diarydtl/52875/目次
https://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/diarydtl/161891/