ロンドン万国博覧会
1851年、ロンドンのハイドパークで、
第1回万国博覧会 Universal Exposition が開かれた。
なにしろハイドパークは広い、
日比谷公園の十倍はある。
その広い広いハイドパークのなかに、
ヴィクトリア女王の夫プリンスアルバートによってデザインされ、
この万国博覧会のために建設された、
鉄骨とガラスのクリスタル・パレス Crystal Palace がきらめいていて、
天井もまたガラスで、アーチになっていて、
いかにもかっこよく、現代的だった。
タキシード姿の男たち、
日傘をさし裾の長いドレスの女たちが、
馬車に乗って、集まった。
博覧会場は、たくさんの人たちで賑わった。
しかもクリスタルパレスの中に入ると、
トランペット隊と600人の合唱隊と、
豪華絢爛なパイプオルガンが、壮麗な音楽を奏でた。
すでに大英帝国は、
世界の鉄工所であり、
世界の半数以上に綿製品を売り込んでいた。
大量の石炭を掘り出して使い、
線路は(まだ列車が走っていないぶんも含めて)8000キロメートルも敷き、
世界一の商船隊(300万トン)、
いかなる国よりも多くのカネを稼ぎ出していた。
万国博覧会はまさにグレイト・ブリテンがこの百年にわたって、
大砲と海軍、石炭と蒸気機関、はたまた鉄、
そして植民地経営で稼ぎ出し、
略奪してきた富を、
世界中に見せびらかし、
ひけらかし、誇らしげに自慢すべく、
さらにはその栄華をいっそうきわだたせるため、
脇に、世界中の国々のパビリオンも並べた、
そんな世紀の大祝賀会だった。
実は、この展覧会の三年まえ、1848年は、
(グレイト・ブリテンにとっては対岸の火事にすぎなかったとはいえ)、
ヨーロッパ大陸にとって大混乱の年だった。
すでに産業革命を達成していたフランスで、
中産階級が富の不均衡を不満に革命を起こし、
旧体制をひっくり返した。
しかもこの動きは広く飛び火し、
デンマークのコペンハーゲンでも、
ドイツ・オーストリアでも、
バルセロナでも、ヴェネツィアでも、
つかのまとはいえ、旧体制が崩れ去った。
しかし、ロンドン万国博覧会には、
そんな不安な時代の影さえなく、
ただただ自国の繁栄の賛歌と、
見せかけの、国際的協調、平和の賛歌があった。
スティーヴンソンが発明した大きな水圧機がある。
巨大な蒸気ハンマーがある、ボールベアリングに使うのだろう。
いかにも鉄と工場の時代の発明である。
最新型の水力紡績機がある。
そのほかイラストレーティッドロンドンニュースを印刷する、簡易印刷機。
折りたたみ式ピアノ。
そしてこの時代の最新流行、自転車。
さらには世界中の国々のパビリオンの、異国情緒あふれる品々。
ハンガリーのティーカップには、
中国趣味のデザインがほどこされ、
ヴィクトリア女王は、まぁ、素敵、と微笑んだ。
このときヴィクトリア女王は32歳。
万国博覧会の開会式で彼女は嫣然と微笑んだ、
「わが生涯でもっとも光栄ある日々のうちの一日です」
まさにそのとおりではあった。
つづく →
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