『リリー』sequenceさんの日記

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巷談「安酒、気楽酒、色気酒」

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日記詳細

少年が学校から帰ると共働きのその家は犬だけがその尾を激しく振って犬小屋から嬉しそうに飛び出しては出迎える。
頭をなでると大喜びで仰向けとなって柔らかな薄い皮膚のお腹を曝け出す。
しかし、時として少年期特有の残虐性が犬に向けられることがある。
屋根までどうにかこうにか犬を持ち上げてぶるぶると震える犬に向かって放水すると瓦の上を不安定にことことと音を立ててへっぴり腰で逃げ惑う姿を見ては快感を得る。
屋根から降ろせば胴体を交互に激しく反転させては濡れた毛の水を切っている。
残虐な快感の後に訪れるのは哀れみである。
償いの気持ちで頭をなでると犬は何事もなかったように尾を振り回す。
残虐と償いは繰り返される。
犬を連れだして少年は友達と公園で遊ぶ。
犬を抱えて滑り台の階段を登り滑り台に投じても爪を立てて滑り落ちないので後ろから少年が犬を押す。
そして少年はふと思いつく。
猫は高い所からの着地は得意だけど犬はどうなんだろうかと。。
再び犬を抱えて階段を登り滑り台の柵越しに突き落とす。
着地は成功する。
ふーん、たいじょうぶなんだ。
じゃ、もう一回。。
「えい」と同じ光景が柵越し繰り返される。
二回目は前足が曲がって着地して「キャキャーン!!」と悲鳴がする。
犬は足を引きずっている。

少年は可愛そうなことをしたと思いながらも親には正直にその事実を告げられなかった。
二、三日が経って父親が犬の異変に気が付き少年に問いただして事実が明らかとなる。
温厚な父親は激怒することなく『なんでそんな可愛そうなことするの』と言うだけである。その一言は親に対しても犬に対してもごめんなさいのすまない気持ちで一杯となる。
父はどこからか乳母車を見つけ、犬を乗せて少年を連れだって獣医に行く。
乳母車の中でじーっと静かに不安な目をした犬を見れば見る程、少年は悲しくなるなるだけである。

獣医は前足一本を骨折した犬に石膏を施し、その上に杖替わりのように木をあてがう。
石膏の治療日数が経過して石膏を外しに再び獣医を訪れる。
骨は付くことは付いたが足を引きずる様に歩く姿が痛々しい。
先生はこの引きずるような歩行は治ることは無いでしょうと言った。

時が経ち少年は高校生となる。
その年の冬頃から犬のお腹は大きく膨れ上がり散歩が大儀そうになって来る。
何年かぶりに父と獣医を訪れて診察を受けると寄生虫が原因であり死もまもなく訪れるであろうと言った。

死が近いこともあって犬小屋から玄関に住まわせることにした。
日ごとに弱って怠そうな犬は玄関で腹這いとなっている日が目に付く様になる。
高校二年生を向える春休みのことである。
昼近くに目を覚まして二階から階段を降りるとその足音で分かるのか玄関口で立ち上がり嬉しそうに尻尾を振って顔を見つめている。

玄関を開けて外に出ると春の暖かな陽気である。
犬は嬉しそうに尻尾を振って足を引きずって付いてくる。
庭先に回ると今まであれほど元気そうにしていた犬が急に腹這いとなって目を閉じ始めて来る。
犬の名を叫ぶと一瞬目を開くが、また寝るように目を閉じて行く。
もう一度叫ぶ。。
「リリー!!」
瞳孔が開いた状態となる。
リリーは最後のお別れがしたくて玄関でじーっと辛抱強く少年があらわれるのを待っていたようにさえ思われる。

リリーの傍らには沈丁花が柔らかな春の陽を受けていた。



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