『 思い出「その一」』sequenceさんの日記

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巷談「安酒、気楽酒、色気酒」

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世界的な流行は日本の夏をも閉ざした。
終わろうとする夏に台風が関東地方をかすめるように通り過ぎ秋が颯と来た気配を感じる。
小学校生の頃の夏休みの風景がひとこまひとこまと老いた頭に蘇ってくる。
もう50年もの昔、少年は祖父母のいる新潟へ行く。
上野発特急白鷹号は確か7時50分発、けたたましいベルと共にゴトンと音を立てて白いホームをゆっくりと荘厳に離れて行き、速度を上げた車窓をふりかえると見送りの親の姿はホームの彼方へ小さく消えてしまう。

お昼前、いつしか特急は埼玉を抜け群馬の横川駅に到着する。
ほんの僅な停車時間であることを知っている乗客らは形相凄まじくホームに飛び降り肩から吊るした駅弁売りの箱に積まれた釜飯を奪い合う。
駅弁売りは強奪、強姦にでもあったように顔を歪めて体を崩し、強引な手の侵入を振り払いながらお札を受け取り素早く硬貨のお釣りを返し売る立場の面目を辛うじて保っている。
釜飯を手にした男は勝利の凱旋の如く得意満面で車内に戻り家族に迎えられる。手ぶらの男は敗北の歪んだ笑いを浮かべ手のひらを小刻みに横に振りダメダメとつぶやきながら家族に弁明している。
振り返るとこんな光景は当時の家族旅行を象徴する一場面であったような気がする。昼時を迎えた少年も母親が上野駅で買ってくれた駅弁の封を周りの目を気にしながら解き始める。駅弁の包装紙の絵は西郷さんが犬を連れている。薄い木の蓋を開けると俵型のごはんの上には黒ゴマが乗っている。
「おいしそうだね」
相席の学生風の青年の問いかけに頷きながら頬を赤く染めてしまう。
鶏肉の煮つけ、たまごやきが美味しい。家族連れが多い中でひとりで食べる駅弁にふと寂しさを覚える。今、思えばこれが少年期にあじわった旅情の発芽なのであろう。
横川からは日本の避暑地としてその名を轟かせる軽井沢まで、碓氷峠を越える為、機関車が特急と連結して力を貸す。場内アナウンスで連結が告げられると座席は一瞬後方に連結音と共に揺れたような覚えがある。そして急勾配をゆっくりと特急は駆け登る。連結を外し気品ある避暑地を通過した車窓は幾つもの深い緑の山々を動かしながら新潟の地に入る。妙高高原、新井、高田を過ぎて白鷹号は直江津の駅に入る。『なおえつ~ なおえつ~』と独特な言い回しの国鉄職員の声がスピーカーから流れるとついに遠くへ来てしまったものだと少年は実感する。
「ぼく、ごめんね、今、座席の向き変えるから、ちょっ通路側に出てね」青年がペダルを踏んで巧みに背もたれの向きを変える。
直江津駅のホームからおもむろに動き出した特急電車は進行方向を突如反転させてホームを離れ今来た道を戻る様に東京方面に引き返す。進行方向の反転はスイッチバック方式で直江津を出発するのであたかも東京に引き返すような錯覚を起こす訳なのである。直江津で乗客たちが車内アナウンスに従い座席の向きを変えたのはこの為である。そして車窓は単調すぎる風景が暫らく続いてトンネルに入る。突然と闇を抜けると鄙びた民家の屋根の上に青い日本海が拡がりその海の上には白い雲がなびいている。
駅順ははっきりとは覚えていないが、有間川、名立、筒石を通る間の各海水浴場からは穏やかな日本海の波に戯れる浮輪の子供たちが車窓に浮かび上がりそのキャキャと叫ぶ声と静寂な波しぶきの音までが特急の厚い窓ガラスを越えて今にも聞こえて来そうである。
梶屋敷という駅を過ぎると東日本と西日本の電力周波数の境界線を通過する。
車内アナウンスが50HZから60HZに切り替える放送を流すと車内の蛍光灯が一瞬消えてすぐさま再点灯する。
あと数分で目的の駅に到着する。
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