ジュリアス・スージーさんのマイ★ベストレストラン 2012

レビュアーのカバー画像

Eat for health,performance and esthetic

メッセージを送る

ジュリアス・スージー (男性・東京都)

マイ★ベストレストラン

レビュアーの皆様一人ひとりが対象期間に訪れ心に残ったレストランを、
1位から10位までランキング付けした「マイ★ベストレストラン」を公開中!

コメント

もしも美人コンテストで、
知り合いで自分の好きな女たちばかりを選ぶ男がいたならば、
あんた、ゲームのルールがわかっていないね、
ってバカにされても仕方ないだろう。


ぼくもまた、去年、おととしのベスト10は、
多少なりとも、ミシュランそのほか、世間の評価を意識して、
それらとふさわしい距離をとったもの。
ところが今年はそんな気遣いは一切せず、
ただひたすら、心情的に、身近な美女たちを選んだ。


2012年秋から、ぼくは高円寺を好きになって、通いはじめた。
高円寺は、いわゆるミシュラン的な名店はほぼ存在しないにせよ、
しかしながら、気が軽く、フレンドリーで、おもしろく創造性のある店が多い。
好きな店が1ダースもできて、とてもうれしい。



マイ★ベストレストラン

1位

CURRY SHOP くじら 高円寺 (高円寺、新高円寺 / インドカレー、カレー)

1回

  • 夜の点数: 3.8

    • [ 料理・味 3.8
    • | サービス 3.8
    • | 雰囲気 5.0
    • | CP 4.5
    • | 酒・ドリンク 3.9 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥2,000~¥2,999 -

2014/06訪問 2019/05/09

中央線ビリヤニ大好き美女は、くじらを忘れちゃいませんか?

世界でいちばんおいしいスパイシー炊き込みごはん、ビリヤニ、
おいしいですね、地域、民族、宗教、料理人の審美眼によって、
いろんな作り方があるから、食べ歩きがたのしい。


ビリヤニ大好き美女を待っている街は、いくつかあって、
埼玉県ビリヤニ市と呼ばれる八潮市、
壺の魔術師カトリ・ヘム・バハドール・シェフのシャヒ・ダワットのある御茶ノ水小川町、
ビリヤニ戦争勃発中の、葛西~西葛西・・・。
しかしね、いやいや、なかなかどうして、
中央線・高円寺、くじらの、榎田シェフのチキン・ビリヤニ、
オーダーごとに人数分をていねいに時間をかけて作っていて。


この日ぼくは、女友達とふたりで、
アフリカの赤ワインをボトルで1本(2000円くらい)と、
おまかせつきだし、この日は色とりどりの野菜とディップ、300円
サブジ3種盛り、300円
クスクスと野菜のグリル 300円
白レバーのムース 500円
そしてチキン・ビリヤニ 1410円を注文した。


くじら にいると、あの狭い、靴箱みたいな空間のなかで、ぼくはくつろぐ。
好きな小説から、「疑惑のSTAP細胞、捏造の科学者たち」の話題まで、
話しはじめたら止まらない。


どの料理もラヴリーでおいしかったけれど、
特筆すべきは、チキンビリヤニのおいしさだ。
くじら のチキン・ビリヤニは、
注文が入ってから、作りはじめる。
まず、バスマティライスをパスタみたいに茹でて、
ストーヴ社の鍋にギーを塗って、くじら 特性チキンカレーの濃度をつめたもをかけ、
そしてヨーフルトマリネしたチキンのウィングスティックを数本、
10分火にかけ、最後にフライド・オニオンを振りかけて、10分蒸らす。
ストーヴ社の鍋ごとサーヴされます。


おいしいんだよ、これがまた。
料理ってつくづくセンスが大事で、
榎田シェフはセンスがイイ。

中央線沿線のビリヤニ大好き美女は、
高円寺くじら、忘れちゃいけない、大事な大事なお店ですよ。

-----------------------------------------------------------------------

カレー・バル くじら。
(語の最良の意味で)アマチュア精神があるんだ。
アムールする人。「愛する人」っていう意味でね。
フードコートまがいの飲食店街にある、靴箱みたいなちっちゃな店。
カウンター席が厨房側と入口側にあって、丸テーブルがひとつ、席数計13席ほど。
ビストロフレンチのア・ラ・カルトは、
目黒のボノミー、モルソー、
白金台のルカンケあたりの、友達フレンチ みたいな世界で、
客の目の前で、ちゃちゃっと作ってくれるから、たのしく、おいしい。
他方、カレーは、カフェのカレーと、本格インドカレーの あいだ のおいしさ、
ただし、本格インド料理好きにも、あ、おいしいね、って言わせる力がある。
榎田(えのきだ)シェフに加えて、この秋、2番手に、くさなぎくんが入った。
入れ替わりに、貝塚シェフは、お隣の系列店レストラン・ホエールに転籍しました。


その日ぼくと女友達は、
お隣の系列店、地中海および世界の料理のお店ホエールで食事をし、
おいしくたのしい時間を過ごした。http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/rvwdtl/5845268/
注文した料理が終盤にさしかかる頃、
もう少し食べようか、なんて思案しているとき、
お隣くじらの榎田シェフの新メニュー、ビリヤニが気になって、
コースの途中でくじらへ行って、オーダーした。
え、ビリヤニってなに?
世界でいちばんおいしいスパイシー炊き込みごはんですよ。
くじら のビリヤニは、オーダーが入ってから作りはじめるので、
40分ほどかかる。


いや、順を追って話そう。
いつだったか榎田シェフと東京のインド料理屋の話になって、
かれはぼくに、お勧めの店はどこですか、と尋ねた。
ぼくは答えたものだ、「挙げてゆけば40軒はあるけれど、
でも、もしも一軒だけならば、青山SITAARA。」
かれはその言葉を覚えていて、お店のスタッフ数名で、
ビリヤニを食べに行ったそうで、後日、榎田シェフはその感激をぼくに伝えた、
「いやぁ、うまいっすねぇ、超うまかったっすよ、おれ、感動しましたよ。」
ぼくは言った、「そりゃそうさ、あそこんちは、インド基準一流だもの。
料理人はみんなインド各地のオベロイホテルからの出向、
オベロイは、プールがあって、椰子の樹が風にそよぐ、セレブなセレブなホテルなんだよ。」
ただし、ぼくはむしろ榎田シェフのその素直さに感心した、
しかも、それからというもの榎田シェフは、ビリヤニの試作に着手し、
えんえん試作を続け、数ヶ月の準備期間を経て、ようやくメニューに載せたのだ。


われわれは40分後、ホエールの会計を済ませ、
くじらへ移った。さぁ、いったいどんなビリヤニだろう?
チキンビリヤニ、ライタ添え 1480円は、
ストウブ STAUB 社のちいさな鋳鉄鍋で現れた。
テーブルへサーヴしてくれる榎田シェフが蓋を取ると、
スパイスのいい香りが空気中に放たれる。
榎田シェフはごはんを軽く、切る。
炊き上げられたビリヤニは、フライドオニオンがふりかけられ、
ごはんはいくらか色むらもあり、チキンは手羽元(ウィングスティック、骨つき)、
やわらかく肉がほどける、
ごはんのなかにもシナモン片も混じり、
香り良く、冷たいライタをかけて、食べてみると、
お、おおおお・・・かなりイケてるビリヤニではないか!!!
ビリヤニにうるさい女友達も、感心することしきり。
「さっすが、イケメンの榎田シェフだけのことはあるわ。」
欲を言えば、もう少しよりいっそう米粒ごとの色むらが出ると、なおいっそういい。
もっとも榎田シェフのビリヤニにも、ほのかな色むらはあって、
色むらこそが、人が最後まで飽きずに大量のビリヤニを食べてしまう秘密だ、
ここに着目すると、人間の舌は意外と繊細なものなのだということに気づく。
ただし、パキスタン系のビリヤニなど色むらのないビリヤニもあって、
いろんなビリヤニがあるもの。あれはもう肉汁のしみわたったうまみが、
濃厚なスパイスと溶け合った魔界のようなおいしさで、食べ手を押し倒す。
なお、榎田シェフのビリヤニは、パキスタン系のビリヤニみたいにオイリーではなく、
それでいてそれなりには香りも立っていて、
そこにぼくはかれの料理人としての育ちの良さを感じ、好感を持つ。
ぼくはインド料理おたくの責務として(?)いちおうアドヴァイスした、
「ビリヤニ作りにもちいるカレーの濃度をもう少し濃くすると、
もっと色むらがでるよ。」(←偉そうに!)
ただし、最初からこのレヴェルを作っちゃうなんて凄いこと、
センスいいんだ、半年後が超たのしみですよ。


1480円で、ふたりで食べて、けっこうおなかいっぱいになる量。
仲良しの恋人たちは、スパークで乾杯して。
榎田シェフのビリヤニで、ふたりだけのディナー、
素敵だとおもいますよ。


-----------------------------------------------------------------------


JR高円寺北口、ホテル・メッツを背に、左手、純情商店街入口のその手前に、
まるで昭和のドラマの場面のように、威勢のいい呼び声でご商売をやってらっしゃる、
八百屋と魚屋(高野青果)があって、両店のあいだの細い細い怪しげな薄暗い路地を入ってゆくと、
大一市場なる名前の、不穏な建物がある。
1970年あたりに建ったもので、当時は八百屋、魚屋、乾物屋、味噌屋が店を出していた市場だったそうな。
けれども、近年はどの店主も引退し、いまでは吉祥寺のハモニカ横丁と並んで、
食いしん坊には有名な、フードコートまがいの飲食店街になっていて、
ヴェトナム料理のチョップスティック、ヴェトナム焼き鳥ビンミン、タイ料理のダオタイシンをはじめ、
そしてこの カレーバル くじら もまたこのなかに入っています。


DIYふうの手作りっぽい空間は全体に白く、いまっぽい、
ただし、カウンターの木はむかしの良い木だし、
カウンターの下の空色のちいさなタイルもかわいい。
入口の床のところの、黒い木も古材で、いい味を出していて。
天井からは、サランラップに包まれたソーセージ状のものが二本吊り下げられ天日干しされている。
オープンキッチンで、厨房の壁にはぴかぴかに磨かれた鍋がたくさんかかっていて。
店頭にはガラスケースがあって、こんな料理が明るく照らされています。


カキのクリーミー茶碗蒸し 300円
キッシュ、アスパラ、しめじ、チョリソ入り 400円
煮込みハンバーグ きのこソース 500円
大根としらすのパルミジャーノサラダ 400円
ミートソースポテトグラタン 600円
黒板のメニューには、
チキンカレー 600円
ココナツカレー 600円
きのこカレー 700円
牛キーマ(ひきにく)カレー 700円
ポ-クビンダルー 700円
ワインもビールもいろいろ揃ってて、グラスワインの値つけも500円前後。
なお、合計金額に、5パーセントの消費税が乗ります。


来店すると、その日の おとおし 300円が自動的に出てきて、
これがちゃんと小皿一品料理になっていて、いい感じ。
趣味のいい選びのグラスワイン500円を飲んで、
オードヴル何品か愉しんで、〆にカレー、
3000円ちょいで、
たのしい時間がすごせる。
平日は夕方5時オープン、土日は午後2時オープン、7時半を過ぎるといつも混んでいて、
また、真夜中過ぎるともう一山、仕事帰りの地元民たちが帰宅まえにちょっと一杯飲んでゆく、
店は夜中の2時までなんだ。
靴箱みたいに狭い店ゆえ、料理人たち、客たちのあいだに、会話も生まれる。


榎田(えのきだ)シェフは、ヒップホップガイ(?)
福岡市東区、博多湾の北、志賀島(しかのしま)のご出身、
金印が出土したところです。
2番手に、くさなぎくん。


たとえば冷製 白レヴァーのムース 薄切りバゲット添え 400円
まったりおいしい。


ミートローフ 500円
良い肉の安い部位を使ってるんだろう、肉選びがまず良い、おいしいんだ、
しかも食感の愉しみに、レンコン、ニンジン、インゲンが挟んである、
そしてデミグラスがまろやかで上品!
育ちのいいミートローフでね。


冷製 茹でた芽キャベツを、オリーヴィオイルでアンチョヴィを溶かし込んだソースでソテー。300円。
芽キャベツのソースにアンチョヴィを溶かし込む、素敵なアイディア。


豚肉のバルサミコ&オンジジュース煮 値段忘却 も、
やわらかくキュートにおいしい。


蓮根と挽肉に小麦粉をまぶしたちっちゃなボール 数個を揚げて、ヴァルサミコソースを併せたもの。
(ごめん、料理名は、ぼくがつけ直した。) 値段忘却
巧いもんですよ、蓮根の食感が巧く、バランス良く、おいしい。


茹でたグリーンアスパラガスを、ソテーしたしめじ、エリンギとともに、牛肉で巻いてソテーし、
醤油とバルサミコ酢と味醂を半量に煮詰めたソースとともに。600円


ポークヴィンダルー 700円
酸味が上品、穏やかながらちゃんとインド料理らしい。
ポークヴィンダルーって、隠し味にお酢を使ったカレーでね、
ぼくは厨房の男たちに訊ねた、お酢はなにを使ってるの?
ヒップホップふうの男が答えた、赤ワインヴィネガーです。
ぼくは感心する、酢のあたりがマイルドでグレイヴィーにまろやかに溶けこんでいて。
酸味の使い方の巧い料理人は、たいてい筋がいいもの。
ポークの等級もいい。
カフェのカレーと、本格インドカレーの あいだ のおいしさ、
ただし、本格インド料理好きにも、あ、おいしいね、って言わせる力がある。


牡蠣カレー 800円。
牡蠣は(牡蠣そのものは加熱で縮むので、ほどほどの大きさながら、ただし)
ジューシーでグラマラスだし、しかもチキンカレーのグレイヴィーと併せるのもかっこいい。
タマネギを溶かし込んだグレイヴィーのなかに、
ぷるんとした牡蠣がいくつも入っていて、
噛むと牡蠣のジュースと苦味が広がります。
グレイヴィーの香りの立て方も卓抜。とても良いカレーです。
なお、牡蠣カレーとチキンカレーのグレーヴィーは同じゆえ、
一夜に,カレーを2品食べるときは、どちらか一品にして、
もう一品はポークヴィンダルーやココナツカレーを選ぶことをお勧めします。


ココナツ・チキン・カレー 600円
ココナツミルクをエレガントに丸めこんでいて、
白く上品なチキンと併せるのも、センスがいい。
南インドはケーララ州の白い砂、エメラルドの海が似合う気品あふれるカレーなんだ。
ぼくは褒めた、いやぁ、これ、ロンドンのクロスのかかってるスノッブなレストランの、
ヌーヴェルインド料理な、ココナツカレーですよ。


牛キーマカレー 700円
キーマのなかにグリンピースがあざやかです、
生姜が効いていて、オイルにとんがらしが染み込んでいます。
かつてのGHEEのキーマカレーをやや連想するおいしさ、
(余談ながら、2013年2月現在、かつてのGHEEのカレー名人赤出川さんのカレーは、
外苑前の元GHEEに近い場所にある、BROWN HORSEで食べることができる、という噂。)
ただし、それはあくまでもまとめ方の方向の話で、
もちろん、榎田シェフのオリジナルに仕上げてあって、
食感のアクセントに、れんこんを混ぜるところなどセンスを感じます。
口のなかから鼻腔に香りが上ってゆく。おいしい!!!


チキンカレー 800円
タマネギはたくさん使っているものの、
すべてグレイヴィーに溶け、ほんのりした甘さがありつつも、
それをベースに立体的なスパイス使いがなされています。
具材は、等級の良いチキンがごろんと中央にあるのみ。
おいしい! このシンプルな仕上げに、自信が感じられます。


かれらには、
できることを質高く、
っていう姿勢があって、
逆に言えば、けっして無理して背伸びはしない。
たとえば榎田シェフは、
(インド料理が大好きな癖に、これまではあえて)
カレーライスという枠内でじぶんの料理を表現していて。
そこが堅実で、用心深い。
しかし、そんなかれが、いま、いよいよその枠を踏み越えて、
ビリヤニをふるまいはじめた。
今後の くじら にますます注目である。


くじら 、貝塚シェフと榎田シェフによる時代のレヴュー。
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/diarydtl/102789/

ぼくと女友達とインド料理、ときどきフランス料理。
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/

もっと見る

2位

大陸バー 彦六 (高円寺 / ダイニングバー、アジア・エスニック、おでん)

1回

  • 夜の点数: 3.7

    • [ 料理・味 3.7
    • | サービス 3.7
    • | 雰囲気 5.0
    • | CP 4.0
    • | 酒・ドリンク 3.7 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥2,000~¥2,999 -

2012/12訪問 2013/07/28

昭和が生きている、おでんがおいしく、人懐こい音楽が流れる、未来の昭和が。

階段を登り、靴を脱ぎ、下足箱へ入れ、扉を開ける。
天井からは裸電球の面影を宿したランタンがいくつも下がり、
ほの暗く、ほの明るいなか、
古い木のカウンターがあって、椅子席が5つほど。
カウンターの向こうには、Tシャツにネルシャツの男店主がいて、料理を作っている。
かれの後ろには、古い木の食器戸棚がある。
カウンターには焼酎の壜が並び、カエルの置物などが置かれている。
カウンター席の後ろには、テーブル席があって、その脇にオーディオセット、
奥の間は、畳敷きで、こたつがある。
柱時計がないのが不思議なくらいだ。
人懐こい音楽が聴こえてくる。


カウンター席に座り、ぼくは以下の注文をした。


焼酎 風単 のロック 500円
サトイモコロッケ 2個 500円
ロール白菜 300円
ターツァイと豚バラ炒め 塩ニンニク味 700円


1時間後お店のふんいきにすっかりなじんで、追加で 
おでん を注文した、大根300円、
ねりもの、厚揚げ、半熟卵、(各100円)


サトイモコロッケは、カリッと揚がったツンツンの衣の内側に、
ベシャメルソースをおもわせる、サトイモのピュレが潜んでいます。
ロール白菜は、彦六ではおでんの具のひとつながら、
上品なだしではんなり微笑んでいる白菜で挽肉が巻き込んであって、単品で食べてもとてもおいしい。
むろん具をあれこれ頼んでおでんとして食べても、
だしは上品、野菜に表現力があるゆえ、滋味ゆたかで、とてもおいしい。
調理には良い塩をひかええめに使っていて、
これ以上、塩が少なければ眠くなって病院食になる寸前で、
しかしちゃんとうまみをしっかり引き出していて絶妙、
いかにも舌の良い人の、質実な料理でね。
空間のしつらえも昭和ならば、
料理もまた、昭和の家庭料理(おばんざい)のおいしさなんだ。


店の入っている木造建物は築50年だそうな。
店のふんいきもどくとくで、昭和30年代っぽい、
まるで映画のセットみたいだ。
それでいて、料理からかかっている音楽まで
店主の趣味が一貫していて、気持ちがいい、
いわゆるコンセプトででっちあげた昭和30年代バーではなく、
むしろ、店主が人生のなかでたどりついた、アジアのなかの愛おしい島国、日本 がここにある。
そこが、吉祥寺ハモニカ横丁とは似ているようで違う。


ぼくは店主に興味を持ち、まず、自分の名前を名乗った。
店主も名前を教えてくれた、織田島さん。
ぼくは訊ねた、お店は何年くらいになるんですか?
織田島さんは答える、来月で8年になります。


ぼくは言った、野菜おいしいですね。
織田島さんは言った、
親父が国分寺で(織田島酒店っていう)酒屋をやっていて、
趣味で、豪農から土地を借りて、野菜作ってるんですよ、
豪農の土地持ちにも苦労があって、
もしも宅地として売っちゃうとえらく高い税金を取られる、
だから、やむなく農業を続けていたり、
人に農地を貸す人も多いんですよ。
で、ぼくの親父は変わり者ですから、
自分で作った野菜を自分の酒屋で安く売っていて。
うちも親父の作った野菜を使ってるんですよ。


ぼくは言った、あのね、ぼくはさいきん高円寺が好きになっちゃって、
日が暮れると、高円寺に吸い寄せられちゃって、
毎晩ひとりで高円寺を飲み歩いてるんですよ。
先日、アメリカグーグルで koenji を検索してみたら、
英国のロックンロールジャーナル、
ニュー・ミュージカル・エクスプレスのサイトがヒットして、
みつばち涙さんの歌う『庚申通り』が、
彦六の初代、歌うアルバイトとして紹介され、
ヴィデオ・クリップにリンクが貼ってあって。
http://www.nme.com/nme-video/youtube/id/Oheev8z84mo
みつばち涙、ぼくはその名前を聞いたことさえなかったよ。
いやはや、世の中はぼくの知らないところで日々激動しているんだなぁ、
そんなわけで、ぼくは、こちらのお店に興味を持って、
今夜、伺ったんですよ。


織田島さんは言った、へぇ、それははじめて聞いた、
たぶん本人も知らないんじゃないかな、
あのクリップはもう5年まえですよ。
彼女はうちでバイトをしていて、
歌ったりしてたんですよ、あの頃は。


そんな会話を交わしながら、聴こえてくる音楽がまたいい。
カリブのあたりの音楽もあれば、アフリカの音楽も、
アラブの音楽もあれば、台湾、沖縄、
そして高円寺界隈のミュージシャンたち、
たとえばチャラン・ポ・ランタンは、美女姉妹で、
クレズマー風味の昭和歌謡で、テント小屋芝居の味わいがある。


ときどきライヴもやっていて、
あがた森魚さん、遠藤ミチロウさんの夕べもやったそうな。
(遠藤ミチロウさんは近年、フォークギター一本で、語り、歌い、叫ぶ、独自の世界を表現しておられます。)
また、ウクレレ関係のライヴもあって、
実は、織田島さん自身、ウクレレ・アフタヌーンというユニットをやってらっしゃるそうな。
http://www.youtube.com/watch?v=k3DZDCiX-B0


大陸バー 彦六 でぼくは時の経つのを忘れた。


JR高円寺駅北口、駅を背に左手、中通り商店街に入り、
石鹸の匂いに混じってJ-POPが聴こえてくる、紳士たちのためのリラクゼーションゾーンを抜け、
パン屋ヒロセを右折、そこは庚申通り、早稲田通り方面へまっすぐ進む。
大一市場、ユータカラヤ、自転車駐車場、ドラマ、
Gクレフ、エル・パト、そして
うどんの てんてこ の角を右折し、暗い路地へ。
階段を登り、靴を脱ぎ、下足箱へ入れ、扉を開ける。
天井からは裸電球の面影を宿したランタンがいくつも下がり、
ほの暗く、ほの明るいなか、
古い木のカウンターがあって、椅子席が5つほど。奥の間は畳敷き、こたつもある。
カウンターの向こうには、Tシャツにネルシャツの男店主がいて、料理を作っている。


ぼくと女友達とインド料理、ときどきフランス料理。
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/

もっと見る

3位

オムニマッ 母の味 (高円寺、新高円寺 / 韓国料理、居酒屋、冷麺)

1回

  • 夜の点数: 3.7

    • [ 料理・味 3.7
    • | サービス 4.0
    • | 雰囲気 3.5
    • | CP 5.0
    • | 酒・ドリンク 3.5 ]
  • 昼の点数: -

    • [ 料理・味 -
    • | サービス -
    • | 雰囲気 -
    • | CP -
    • | 酒・ドリンク - ]
  • 使った金額(1人)
    ¥2,000~¥2,999 -

2016/01訪問 2020/11/29

いかにも高円寺らしい韓国大衆居酒屋。

長い長い長い散歩の小休止に、
オムニマッでやかんで生マッコルリを飲みたかった。
オムニマッは、酒も料理も安くおいしく、メニュー豊富ないい店だ。


JR高円寺駅から阿佐ヶ谷方面に向けて高架下の飲み屋街、高円寺ストリートは、
1番街から順番に7番街まで角ごとに数字が増えてゆく。
まずは左手のビル地下らーめん横丁、
そして硬派の古本屋・都丸書店、元祖インド系安物おしゃれ洋品店 仲屋むげん堂、
むかしの流行歌のシングル盤百円がエサ箱に並ぶ中古CDとレコードのRARE、と、実に趣き深い店々が並ぶ。
三菱地所や三井不動産が逆立ちしたってこういうアナーキーな商店街は作れない、
はやいはなしが各店舗個別賃貸契約ならばこそ、この、とめどなくアウト・オヴ・スタンダードな商店街がある。
さて、むげん堂のワンブロック先、いかにも開けっぴろげで、人懐こそうな、
大衆居酒屋っぽい(大衆食堂っぽい?)店のふんいきに惹かれて、
ぼくは、このオムニマッ 母の味に、ついできごころで、入ってみたのだった。


壁のいたるところに料理写真や、酒の紹介が貼ってある。賑やかでいい。
じゃ、ぼくは、サムゲタン(蔘鷄湯)にするか、(夕方の街を吹く風が少し冷えてきたので。)
そして白菜キムチ、お酒はマッコルリをグラスで。
するとお店のお嬢さんが訊ねた、
マッコルリは甘口とふつうと辛口、
どれにしますか?
え、ぼくは、マッコルリにそんな区別があるなんて、
おもいもしなかったし、実はどれだって良かったけれど、
じゃ、辛口、
と答えた。


するといったん奥に引っ込んだお嬢さんが、
ふたたび現れて、言った、
ごめんなさい、いま、辛口、切らしてました。
ぼくは笑って言った、
じゃ、ふつうね。
お嬢さんの口調がいかにも恐縮そうで、その気持ちが愛らしい。
メニューをよく読むと、
こげ味マッコルリなんてのもある。
店主は酒好きなのだろう、頼もしい。


そしてぼくは白菜キムチをつまみながら、
マッコルリを飲む、真鍮のコップのほどよい重さもいい。
乳白色の酒はほんのり甘く、
たちまちぼくの昏い食道を落ち、
優しく、胃袋に広がる。


隣のテーブルは、かわいらしい若いおばあさん、トッポギをつまんでいる。
若いおばあさんというのも変か。
彼女は言った、やっぱりね、お米が違うと、お酒の味も違うのよ。
あなた、こちら、はじめて?
ぼくは言った、ええ、さいきん中央線沿線になじんじゃって。
彼女は言った、どちらから?
ぼくは住んでいる街の名を答えた。
彼女は言った、あら、そんな遠くから。
物価が安くていいとこね、いつだったかしら、駅前の花屋さんのお花があんまり安いんで、
つい買っちゃって、わたし、
花束かかえて東西線に乗って帰ったわよ。


(ぼくはにこにこ聞いている、内心、高円寺だって物価はそうとう安いでしょ、とおもいながら。)
向こうのテーブルは、男ばかり6人、
テーブルのまんなかの小さな金色のやかんから、
めいめい酒を注いで、飲んでいる。


サムゲタンが届く。暖かい。
人肌めいた鶏肉がうまみのあるスープのなかで、微笑んでいる。
クコの実とか朝鮮人参とかそういうのはそれほど入っていない、
したがって薬膳っぽくはないけれど、そのかわり鶏とスープと(抜き取った内臓の代わりに詰め込んだ餅米が、
スープのなかでとろんと優しく煮込まれた)、シンプルでゆたかなおいしさがある。
マッコルリはもう飲んでしまった、
メニューのなかに、鏡月という酒がある。
英訳すれば、ミラー・ムーン?
かすかな狂気を感じるのは、気のせいか。
ぼくは店のお嬢さんに訊ねた、どんなお酒?
お嬢さんは言った、ごめんなさい、
わたしまだお店に入ったばかりで、
そのお酒のこと知りません。
ちょっと待ってください、
そして彼女はいったん奥に引っ込み、
おちょこをさしだした、
なんと利き酒をさせてくれるのである!
凜と澄んだ、毅然とした酒である。
ぼくは言った、じゃ、これ、一杯。


そしてサムゲタンを食べる。
人肌めいた鶏肉がうまみのあるスープのなかで、微笑んでいる。
あ、それはさっき書いた、いやね、
軽く酔っぱらった感じを表現したくてさ。
ま、そんな感じにくつろいじゃって、
気がつけば、隣の若いおばあさんのテーブルには、
若いおばあさん友達が現れ、ふたりで健康診断のおしゃべりをしている。


ぼくは、飲み食いを終え、勘定を済ませた。2000円ほどだったかな。
レジ前に美術展の割引葉書が十枚ほどある、
ぼくは言った、
へぇ、リヒテンシュタイン。
アメリカのマンガみたいなやつだよね?
お嬢さんは笑顔で率直に言った、違います、すごく綺麗なんです。


ぼくはふしぎにおもいながら葉書を一枚もらった。
(後で検索してみると、どうやらこちらのリヒテンシュタインは、
オーストリアとスイスのあいだの伯爵家のことで、
いま、新国立美術館でコレクション展をやってるのだった。
中央線文化の底力を見るおもいがした。)
怪しげ飲み屋街を歩きながら、気がついた、
あ、帰り際に、若いおばあさんに挨拶するのを忘れてた。


駅前で見上げると夜空に、ほぼ満月が浮かんでいた。
ぼくはつぶやく、ミラー・ムーン?





さて、そんな夜から二週間が経って、
ぼくはオムニマッが恋しくなって、食べに行った。
前回と同じお嬢さんが、にっこり微笑んで、迎えてくれる。
ぼくのことを覚えてくれているようだ、(そりゃ覚えるさ、嫌でも、
だって、裾丈の長い真っ赤なインド服着た、ボウズ頭にセル眼鏡の顎ヒゲ怪しいオヤジじゃないか!)
たった2度めなのに、気分はもう常連である。(ずうずうしいねぇ。)


ぼくは言う、お酒は、前回の、えっとなんだったっけ。
お嬢さんは微笑んで言う、鏡月ですね。


ぼくが心のなかでやにさがったことは言うまでもない、
おれったら、鏡月飲むまえから酔っ払ってんの、アホだなぁ、この三国一の幸せ者。


さて、本日の注文は、
冷菜 豆モヤシナムル 辛口 250円
韓国カボチャ、のりまきチヂミ 輪切りで8個 500円
砂肝炒め 450円


ナムルはきりっと冷えてるし、大きめの小皿に山盛り、
モヤシがまた太くてね、先っぽの緑の豆みたいなのの食感も良くてね。
辛味調味料とゴマ油もほどよくまわって、上手な仕上げ。


韓国カボチャのりまきチヂミは、もちもちした食感で、
いろんな野菜がバランスよく内側に巻き込んである。
世間によくあるチヂミとは違う、おしゃれなチヂミなんだ。


さて、そして悶絶するほどすばらしかったのが、砂肝 辛口 380円。
これは砂肝、ニンニクの芽、そしてたくさんのニンニク片を、
辛味調味料で、豪快に炒めたもの。
ニンニクはほとんどイモの親戚みたいな扱い。
いやぁ、現地の味だな、っておもったよ、
これで380円だなんて、ありえない。


店は賑わっていて、給仕のお嬢さんも忙しいんだけれど、
そのあいまに、ぼくの相手もしてくれて、
ぼくはソウル旅行のおもいでをしゃべったんだ、
そう、ソウルの空港が円盤みたいでピッカピカでかっこよかったこと、、
仁川が広くって、雨に打たれていて、山水画みたいだったこと、
仁寺洞(インサドン)の古い寺を使う店で、赤い薔薇のお茶を飲んだこと、
別の店で、アサリのカルククスを食べたこと。(ぼくはカルククスの発音を巧くできなくて、
給仕のお嬢さんは最初きょとんとした顔をした後、あ、カルグクスね、と笑った。)
ソウルの若者たちが夜の十時台でも元気いっぱいだったこと、
英語が上手で、親善大使みたいに親切だったこと、
そして環状線の最終に乗り遅れて、タクシーに乗ったときのこと・・・。


もうひとりの給仕のお嬢さんは、釜山出身、
彼女は言った、「わたしにとっても、ソウルは外国ですよ。」
ぼくはおもった、むろん彼女の正直な気持ちであるにせよ、
同時にぼくへの優しいフォロウにもなっていて。
なるほど、彼女がしゃべるとき仁寺洞(インサドン)は、
下関の人が眩しげに語る東京代官山みたいな響きなのだった、
あ、やっぱり仁寺洞ってそういう街なんだ、って納得したよ。


きりっとした酒がある、安くてうまい韓国料理がある、
その上、心優しいお嬢さんが給仕をしてくれる。
これ以上、求めるものはなにもない。
さ、次回はなにを食べよっかな、オムニマッで。





この日は、女友達と高円寺デート。
午後3時半にJR高円寺駅そばのマクドナルドで待ち合わせをして、
庚申通り商店街の、阿三生煎館(アーサンシェンジェンカン)で、
生ビールと焼き小籠包とお粥を愉しみ、
早稲田通りをかすめ、あづま通り商店街へ入り、
ごちそう山荘HATTI FNATTでお茶をして、
JR高円寺駅を左手に見つつ、高野青果の路地を抜け、
大一市場へ入り、カレーバルくじら の、えのきだシェフに手を振り、
ふたたび庚申通りへ入り、路地へ折れ、小杉湯に漬かり、
湯上りに、発泡酒を飲みながら、手塚治虫の短編集『時計仕掛けの林檎』を読み、
その知性の高さと才筆にあらためて感動し、
湯上りに、大陸バー 彦六でおでんを食べる予定だったものの、
しかし定休日だったので、予定変更、オムニマッ 母の味 を選んだのだった。
オムニマッは一般的にはデートで伺うお店ではないけれど、
ただし、この日のパートナーはぼくのむかしからの女友達、
彦六やオムニマッでこそ、したしさが増す、
逆に言えば、デートといえば恵比寿のガストロノミー ジョエル・ロブションでは、人生はあまりにつまらない。


さて、今回は、ベスト・ヒット・オヴ・オムニマッっていう路線で注文してみた。

炭酸入りマッコルリ辛口 やかんで。約5杯ぶん 1600円
やかんから注ぐところが、ふんいきがあってね、
しかも錫のコップで飲む。錫のコップは金色に鈍く輝き、少し重く、その重さがまたいい。


ケランチム 韓国茶碗蒸し 500円
だしで溶いたふわふわの卵料理、幸福を感じる。


かぼちゃの海苔巻きチヂミ 550円
とてもおいしい。


ホルモン煮込み、380円
ピリ辛ソースで内臓を炒め和えてあって 
コンニャク、ゴボウ片が隠し味に入っています。


砂肝炒め、辛口 380円。
ニンニクがイモのように大量に入っていて、
ニンニクの芽と一緒に、トウガラシベースのソースで炒め和えてある。
ぼくはオムニでは必ず食べます。絶品です。


サーヴしてくれるのは、いつものように、笑顔がかわいい韓国系のお嬢さん。


隣のテーブルに、例の若いおばあさんと隣り合わせた。
彼女は群馬の山帰りで、すっかり酔っ払っていて、
話しはじめたら止まらない。
彼女は言った、「わたしはね、男なんていらないの、
山が恋人だから。」(とかなんとか言いながら、実は家にはご主人がいて、
ご主人はいじらしくお留守番。
他方、彼女は仲間と山に登り、山の帰りに大好きなオムニマッで、
韓国料理をつまみながら、ひとりで飲んでいるのだった。
実は、彼女の親友のこれまた若いおばあさん友達の電話番号の控えを迂闊にもこの日は忘れちゃったゆえ、
やむなく彼女は今夜はひとり酒なのだった。)
そして彼女は山のすばらしさを賛美した、
「わたしはスイスの山も、ネパールの山も登ったの、
テレビにもよく映るけど、テレビで見るのと、
じっさいに登るのは大違い。ぜんぜん違うんだから。
足の裏に地面を感じながらひいこら登って、
頂上に着いたときは、それまでの疲れをぜんぶ忘れちゃうのよ、
視界が360度開けるでしょ、すばらしく気持ちいいの。」
そして彼女はおもいだしたように、この店オムニを賛美する、
「わたしはね、このお店、大好き、安くてね、おいしいもの。
ここで食べたら、大久保なんかじゃ値段ばっかり高くて、二度と食べられないもの。」


ぼくも女友達も、この若いおばあさんの演説を聞きながら、たのしく飲み食いした。
そして会計を済ませ、最後に、
南口の名曲喫茶ネルケンでショパンを聴きながらすばらしいコ-ヒーをいただいて、
7時間におよぶ、高円寺散歩デートを〆た。
ぼくは高円寺住人でもないのに、気ままで自由な高円寺がちょっぴり得意で、
彼女は彼女で、すっかり高円寺贔屓になっていたのだった。


アジア飯、美味の向こうになにがある?
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/

もっと見る

4位

エル パト (高円寺 / アメリカ料理、ハンバーガー、バー)

1回

  • 夜の点数: 3.9

    • [ 料理・味 3.9
    • | サービス 3.5
    • | 雰囲気 3.9
    • | CP 3.9
    • | 酒・ドリンク 3.5 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥2,000~¥2,999 -

2012/12訪問 2013/07/28

どんな魔法で、ローストビーフはこんなにうっとりめろめろに?


わ、んまいねぇ、このローストビーフ!
外側のみ焦げ色、内側は薔薇色、
噛めば口のなかにジューシーな肉汁が広がる、
不思議だ、薄切りなのに、しっとりモイストで、
噛み心地良く、テンダーで、テイスティで、
そんじょそこらのサンドウィッチに挟まれている、
ぱっさぱさのローストビーフとは、バスマットと美女ほどの違いがある。
しかもソースがほどほどにクリーミーで優美で、しかも深いうまみの奥行があって、
シンプル・イズ・ヴェリ・ヴェリ・ベストな一品なんだ。


エル・パトは、ハンバーガーがおいしいお店として有名だけれど、
実は、オーセンティックなアメリカン・キュジーヌ・レストラン・バーなんだ。
カウンター7席、テーブル席3卓12席、テラス席2卓8席。
厨房は一列、シンク、ガスレンジ、フライヤー、食器洗い機が機能的に並んでいます。
洋酒の壜もずらりと並んでいます。
カウンターには、HEINZのトマトケチャップ、
LUISIANA HOT SAUCE そしてHEINZの MALT VINEGER。
店内には、1950年代のジャズヴォーカル、アニタ・オデイとか、ローズマリー・クルーニーとか、
ジューン・クリスティが流れています。


実は、エル・パトの料理がおいしいことはあらかじめ知ってはいた、
しかし、まさかここまでおいしいとはおもわなかった。
エル・パドのローストビーフは、
肉の等級も良く、うまみを引き出す塩の扱いはいかにも精妙で、しかも温度の扱いに秘技がある。
すなわちきっかけの温度は210度くらいで、
その後、肉を休ませ、温度が下がるなかでおいしさが深まるベンチタイムを挟み、
そしてふたたび・・・というようなシークレットテクニックを用いて、
シェフは、もともと良い肉を夢のようにうっとりめろめろに至らしめている。


ぼくがエル・パトを知ったのは、
カレーとフレンチビストロ料理のおいしい,、カレーバルくじら のふたりの料理人、
かいづかさんと えのきださんに、訊いたんだ、
高円寺でお勧めのお店、教えて、って。
するとふたりは顔を見合わせて言った、「やっぱエル・パトだよな、
おれら、よく食べに行くんですよ。うちのすぐそばなんですけどね、
でも、べつにそばだからってんじゃなくて、エル・パト、なに食べても、おいしいんですよ。」
ふたりはそれ以上なにも語らなかったけれど、その語り口には熱がこもっていて、
そこでさっそくぼくは、エル・パトに食べに来たのだった。


シェフは、中肉中背、料理人らしく腕が太い。
パナマ帽をかぶって、ボウリングシャツを着て、
コットンパンツにスニーカーを履いている。
ごくふつうのアメリカの普段着である。


ぼくはシェフに言った、いやぁ、おいしい、すばらしい火使いですね。
ソースもおいしい! なんていう名前のソースですか?
シェフは言った、グレイヴィーソースです。
ぼくは言った、まんまじゃないですか!
シェフは言った、あ、お客さん、フランス料理、お好きなんですね?
いちおうフォン・ド・ヴォー(仔牛の骨を焼いて、水煮してとる だし)はとりますけどね。
ぼくは言った、あ、やっぱり。時間かかるでしょ!
シェフは言った、十時間くらいかな。半量まで煮詰めて。
で、バットに注いでおくと、ゼラチン質が入ってますから、固まるんですよ、
それをナイフで角砂糖くらいの大きさにカットして、冷凍庫に入れておきます。
で、それをソースを作るときに、一個使って、それをベースにソースを仕上げます。
ぼくは言った、グラス・ド・ヴィアンド、フレンチのテクニックですね。
シェフは言った、ま、ぼくが作ってるのはアメリカ料理ですけれど、
アメリカ料理に、ヨーロッパの料理のテクニックが入ってますからね。
いま召し上がってらっしゃる、ローストビーフのソースは、
フォン・ド・ヴォーに、あとは野菜をちょっと炒めて生クリームを入れてある、シンプルなものですよ。
ぼくは言った、シンプルとは言え、大事なところは妥協なし、ですね。
シェフは言った、いやいや、もっと凝った料理もときには作りたいんですけどね、
ただ、高円寺という場所柄もありますから。
あ、見せましょうか。
(と、言ってシェフは冷凍庫から三つのジップロックを出して見せてくれる。
それぞれのジップロックは、フォン・ド・ヴォー、
赤ワインベースのソース、
そしてチキン・スープで、それぞれ角砂糖大に凍らせてあって、いっぱい詰まっている。
シェフは言った、それぞれ10キロぶんの だし が、これだけ -300グラムほど- になります。)


ぼくは自分の名前を名乗った。
シェフは名刺をくだすった、オウナー・シェフ 大東 清(だいとう・きよし)と書いてあります。
大東さんは言った、高校のとき、語学留学で、ニューイングランドの、
メイン州、ポートランドのはずれの高校に通ったんですよ。
(ポートランドは、港のある気持ちのいい都市、
山があり、川が流れ、都市には英国の名残のある建物が立ち並ぶ街。)
大東さんは言った、そのままアメリカの大学に進んで、
皿洗いのバイトをしているうちに、
気がついたら、レストランで働くようになったんですよ、
料理人になろうなんてまったくおもってなかったんですけどね。
でも、気がついたら、料理人の仕事しか残ってなかったんですよ。
(と言って笑った。むろん、超絶ロースト達人ならではの、余裕の言葉である)。


大東さんはポートランドに15年いて、
帰国後、高円寺にこのレストラン、エル・パトを開いたそうな。
エル・パドの壁には、ポートランドの厨房での労働証明証と、
そして仕事仲間との写真が飾られています。
店内は、常連さんも多く、なかにはアメリカの白人さんと日本女性のカップルの姿も。
大東シェフは、にこやかに、いかにも自然なアメリカ英語を話す、
本で覚えたのでも、学校で覚えたのでもない、暮らしのなかで覚えたいかにも自然な英語を。
ぼくにはそれが気持ちいい、なぜって、大東さんがごくふつうのアメリカとごく自然になじんでいったことがわかるし、
それでいて大東シェフの、アメリカへの懐かしさと愛着が感じられて。
他方、ついでながらぼくは英語圏で暮らしたことがなく、
しかも語学習得に欠かせない必死の努力もしなかったゆえ、語彙は少なく、構文もたんじゅん、
それでいて日本語をしゃべるとき同様なんでもかんでもしゃべり倒すものだから、
賢いんだかバカなんだかまるでわからない、変なジャパニーズである。
話はよく通じるし、外人におもしろがられることも多いけど、
でも、本や映画や歌だけで知っている英語を繋ぎあわせてしゃべるのって、ちょっとかっこ悪いな、
ってどこかでおもってる。ま、仕方ない、これがぼくだ。


そんな話はともかく、エル・パトのローストビーフ、小1000円 / 大1500円。
そして前菜的小品ながら、自家製デミグラスのビーフシチュー500円もすばらしくおいしい。
その他、BBQスペアリブ、バッファローチキンウィング、
手作り生地のNYピザ、ジャンバラヤなど、ぜひ食べてみたい料理がたくさんある。パンも自家製。
エル・パトにはあたりまえのアメリカが生きている、陽気で、幸福な、普段着のアメリカが。
それでいて、そんじょそこらのヘボいフレンチなんかにけっして負けないひそかな誇りが息づいていて。
こういうお店は、東京には、そうそう生まれない。ぼくはエル・パトがとても好きだ。


JR高円寺駅北口、駅を背に左手、中通り商店街に入り、
石鹸の匂いに混じってJ-POPが聴こえてくる、紳士たちのためのリラクゼーションゾーンを抜け、
パン屋ヒロセを右折、そこは庚申通り、早稲田通り方面へまっすぐ進む。
大一市場、スーパーマーケット、高円寺自転車駐車場、
ドラマ、そしてGクレフの先にエル・パトはある。


ぼくと女友達とインド料理、ときどきフランス料理。
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/

もっと見る

5位

信濃 (高円寺、新高円寺 / そば、うどん)

1回

  • 夜の点数: 4.1

    • [ 料理・味 4.1
    • | サービス 3.7
    • | 雰囲気 3.7
    • | CP 4.1
    • | 酒・ドリンク 4.0 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥1,000~¥1,999 -

2012/11訪問 2015/03/26

うまい蕎麦を打つご店主は、ひそかに噺家に惚れている。

うどんが主食さんが褒めてらしたから、安心していそいそと食べに伺ったら、案の定、いいお店でね、
JR高円寺南口、PAL商店街を、ヴィレッジヴァンガードの先の角を右折、
(そこはエルアール通り、Étoileってフランス語で星か、洒落てるじゃないですか、ねぇ)、
で、そのエトアール通りを、24時間営業の西友の先までまーっすぐ進んだあたり。
むかしからのご商売がおのずとかもしだす落ち着きあるふんいきの店内、
調理場は働きやすく広く、湯気のたつなか、ザルがずらりと並んでいます。
ご夫婦、おふたりが、調理も給仕も兼任。
大テーブル8席に、6卓24席。


ぼくは蕎麦焼酎 十割 450円を、
蕎麦湯で割って、とろ~んと優しい味でね、
そして、ご主人の打った 十割蕎麦 750円を食べたんだ。
田舎蕎麦の素朴な味わいを適度に活かしながら、
それでいて洒脱な仕上げ、実にうまいんだ。
しかも、店構えには名店でございますなんて奢りは一切なく、
ご主人もおかみさんも気さくでね、
お店は開店三十年だそうな。
ダイニングの壁に、寄席文字で、信濃寄席 と書かれた木札。
噺家さんの写真の数々。
ぼくはご主人に訊ねた、信濃寄席って、ご主人が開催してらっしゃるんですか?


ご主人は言った、いえね、十年まえの話ですけどね、うちに三遊亭鳳志師匠が食べに来てくださったんですよ、
あたしもね、落語が好きなもんで、落語の話に花が咲いて、
鳳志師匠もそれじゃあてんで、いつのまにか鳳志師匠の落語会を開催するはこびになったんですよ。


ぼくは訊いた、こちらで?


ご主人は言った、ええ、最初の頃は、うちのそこんとこをね、高座に見立てて、
お客さんも30人くらいでね
もっとも、ちかごろは落語会も定着して、商店街みんなで盛りたてる意味で、
あそこの長仙寺さんの、寺務所をお借りしてね、やってるんですけどね。
もう十年、そろそろ五十回ですよ。


ぼくは言った、へぇ、ご主人、粋なことやってますね、
落語と蕎麦は切り離せないですもんね。
噺家さんは右手で閉じた扇子を握って水平に構え、
顔と右手を上下に動かして、ツルツルッって、巧いもんだよねぇ。
ご主人は言った、時蕎麦なんて噺もある。
ぼくは言った、蕎麦一杯の値段をちょとだけちょろまかそうっていう、
貧乏人の浅知恵をめぐる噺、あのせこい了見に必死になるところが、おっかしいよねぇ。
そういえば、蕎麦の大食い競争をして最後には、
蕎麦が着物着てる化けもんになった噺もあるね。


店主は言った、お客さんも落語お好きですねぇ。
ぼくは言った、好きなんですよ、むかしから。
(そしてここから、三木助、志ん朝のすばらしさから、
新宿末広の話、東銀座に落語映像をかける映画館があることまで、
落語話がもりあがります。)
ぼくは蕎麦焼酎の蕎麦湯割りで、
とろ~んといい気持ちになっちゃって、
おまけに落語の話がまたうれしくてねぇ。


ご主人がまたいかにも清潔そうな色白でね、
お店やってると外になんてなかなか出れないからね、
人生を蕎麦に捧げてきたんだねぇ、
ただし、ちゃんと落語の趣味もあってさ。
わかるなぁ、ご店主、きっと凝り性なんだよ、
職人はみんなそうだもの、
そしてまた蕎麦というジャンルがシンプルだけれど、凝りはじめるとキリがない。
季節に応じてどこの蕎麦を選ぶか、
蕎麦の中心部分だけを使って白く仕上げるも良し
はたまた外側まで使って、グレイの、素朴なうまさを表現するも良し、
しかも気温とか、手の温度とか、
さまざまな条件が蕎麦を左右するらしい。
ご主人はご自分が職人だからこそ、
噺家さんの稽古と工夫の日々の職人人生が、
自分のことみたいにおもえるんじゃないかしら、
わかるような気がするなぁ。


高円寺の手打ち蕎麦、信濃、おいしいですよ。
田舎蕎麦の素朴な味わいを適度に活かしながら、
それでいて洒脱な仕上げ。実にうまいんだ。


ぼくと女友達とインド料理、ときどきフランス料理。
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/

もっと見る

6位

高円寺アッカ (高円寺、新高円寺、東高円寺 / バル、イタリアン、ワインバー)

1回

  • 夜の点数: 3.8

    • [ 料理・味 3.9
    • | サービス 3.6
    • | 雰囲気 3.6
    • | CP 4.0
    • | 酒・ドリンク 3.7 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥2,000~¥2,999 -

2013/01訪問 2015/12/18

野菜料理がマジでおいしい、格安ワインバル。

JR高円寺南口。駅を背に右手PAL商店街が終わって、
とっくのむかしに暗渠になっている旧宝橋を過ぎ、
おのずとルック商店街になったところにワイン・バル、アッカはあって、
イタリアンワインと野菜料理のおいしい、ちっちゃなバルなんだ。
本店は、西荻窪で4年めながら、高円寺店は開店半年だそうな。
もっともぼくはといえば、店の前はよく通るし、賑わっている日が多いことも知っていたし、
敬愛する Mark and Place さんもレヴューを書いてらっしゃるから、
良い店だろうな、とおもいつつ、なぜかこれまで入ったことはなかった。
けれども本日元旦、夕方、酔狂にも高円寺散歩に繰り出せば、
ちゃんと営業していて。
こりゃご縁かしら、と、ぼくは入ってみたのだった。


古い木材を使ったカウンター10席、
真っ白な皿が積み上げられ、
ハモンセラーノが鎮座ましましています。
カウンターの奥には、16℃に設定された大きなワインセラー。
テーブル2卓計8席、
壁は白くクールに仕上げてあります。
店内には、ソウルミュージックと呼ばれていた頃の、
アメリカ黒人さんのポップスがクールに流れています。
(さらには、店の前に、洒落で作ったとしかおもえない
古い木材を使ったカウンター3席。)


ぼくは以下の注文をしました。


赤ワイン プリミティーヴォ グラス 500円
状態良く、とてもおいしい。


1)10種の野菜のミネステローネ s400円 l 600円。
ぼくは、sを注文。


酸味のあるトマトベースに、セロリ片、ダイスカットのじゃがいも、
ほうれんそうも入っています。
そこに飾られているのが、オクラ2片、ローストしたナス一切れ、
同じくローストしたかぼちゃ。


2)林檎とニンジンとゴルゴンゾーラのレモン和え 500円
ダイスカットされた林檎がいっぱい、
そこに少々、彩りを添える小さく拍子木切りのニンジンと、半切りプティトマト、
ゴルゴンゾーラで味の奥行を効かせ、レモンでお洒落を演出したセンスのいい一品。


3)20種の野菜のハニーマスタードサラダ s700円 l 1000円。
ぼくは、sを注文。

sながらけっこう食べ甲斐のある一品で、とても良い料理です。
20種の野菜が、生のレタスを敷いた上に飾られ、
それぞれの野菜の調理法が、ローストと塩茹でと生が混ぜてあるところが、
食いしん坊をよろこばせます。
たとえば、ナスとカボチャ、キノコ類はロースト、すなわちオーヴン焼き。
ピンク色が美しい庚申大根や、赤ピーマン、黄色いピーマン(パプリカって言うの?)は生、
オクラ、ニンジンは塩茹で。
ズッキーニは揚げてあったかな、それとも塩茹でだったかな。
とてもおもしろく、すばらしい料理です。
700円でこれだけの手間をかけるなんて、東京の良心であり、心意気。


そう、ぼくはまたしても高円寺で、
出会うべくして出会うべき店に出会ったのだった。


ぼくは、愛するフィレンツェと、
それほどには愛してないものの、
好きなところのあるローマをおもいだし、
そしてなかなかどうして高円寺のワイン・バルの、アッカは、
イタリア人もよろこぶだろうな、とおもった。


そしてぼくは、エスプレッソ 500円をいただいて、
にこにこと、元旦のルック商店街へ出たのだった。


高縁寺アッカは年中無休、
水曜日以外はランチ営業もやり、
真夜中過ぎまで営業しています。


ぼくと女友達とインド料理、ときどきフランス料理。
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/


もっと見る

7位

ナジャ (高円寺 / カフェ、バー、カレー)

1回

  • 夜の点数: 3.6

    • [ 料理・味 -
    • | サービス 3.6
    • | 雰囲気 3.6
    • | CP 3.6
    • | 酒・ドリンク 3.6 ]
  • 昼の点数: 3.6

    • [ 料理・味 -
    • | サービス 3.6
    • | 雰囲気 3.6
    • | CP 3.6
    • | 酒・ドリンク 3.6 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥1,000~¥1,999 ~¥999

2012/11訪問 2013/07/28

ジャズにそそのかされて、絵がしゃべりはじめる。

カウンター席が明るく、他方、ダイニングは午後は明るく、
夜は天井に向けての間接照明で明るすぎず暗すぎない。
もうずいぶん古くからある店だ、木の床にもジャズがすっかり染み込んでいる。
ガラスの花器に、薔薇のドライフラワーがたくさん投げ入れてあって。
いわゆる1950年代から60年代の
マイルスやコルトレーンといったゴリゴリのマッチョ系もときにかかるとはいえ、
他方、ディクシーランド、ビッグバンド、ヴォーカルナンバー、
はたまたリリカルなキース・ジャレットまで幅が広い。
女性店主のその日の気分で選曲の流れが決まるのではないかしら。
優しい酸味のまろやかなコーヒー550円がある。
チキンカレー700円(6時以降800円)もカフェカレーとしてまとまりよくおいしい。
スコッチ、バーボン、ウォッカの品揃えがいい。
カフェタイムとバータイムを分けていない。チャージもない。
むかしのSWITCHや、CUT、ジャズ・ライフを読むことができる。
そして、ぼくにとってナジャは、絵の世界への入口でもある。


その夜もぼくはたわむれに一冊の画集に手を伸ばす。
ある絵は、前景の暗がりのなかに男の頭部、
背景に家がある、家は血まみれのように見える。
別の絵は、青い夜、満月、
左側に白い服の女が立っていて、
右側に黒い服の女が座っている。ふたりの女には表情がない。
もう一枚の絵は、青い夜のなか、帽子をかぶった何十人もの男たちがやってくる。
背景に家々、そして樹のようなものが描かれているけれど、まるで粘土みたいだ。
あきらかに男の画家の絵だ、かれの精神がつねにはりつめ緊張していることが、手に取るようにわかる。
かれの目は現実を見ながら、幻想を見ている。


クラリネットがセンチメンタルなうちあけ話をし、
生ギターがうつむきながら愚痴をこぼす。
ジャズバンドを従えて、
ヴァイリリニストが悲しい物語を軽妙に語りはじめる。
音楽に包まれているのに、まるでサイレント映画のカーニヴァルのなかに迷い込んだみたいだ。
すべてが謎めいていながら、それでいてぼくらの慣れ親しんだ現実の、もうひとつの顔。
あるいは、顔のない、顔。


そしてまるで一夜でもあるかのような一時間が過ぎ、ぼくは勘定を払い店を出た。





高円寺駅を抜け、南口PAL商店街に入ると、クリスマスイルミネーションが輝いている。
居酒屋の前で、栗色の長い髪の娘に呼び止められた、
「ちょっと寄ってきませんか、生ビール199円、
手羽先5本で380円ですよ。」
栗色の長い髪だ。
黒目が大きく、小鹿のバンビみたいだ。


ぼくは言った、ごめん、今夜はもう酒も食事も済ませてきたんだ、
かわいいね、何歳?
彼女は答えた、17歳、高校生。
(マスカラもひかえめながら巧く、
淡い淡い紫シャドウをひかえめに入れている。
ノーズのハイライトも効いている。
鼻梁はやや弱点ながら、それもまたしたしみやすさになっている。
リップグロスは淡いピンク。
ニットを着ている、丸っこい両肩を見せながら。
おっぱいは大きくない。
体は全体的にほっそりしていながら、薄く、柔らかい肉がついている。
マニュキュアはルージュ、ただし中指だけは銀色、
安物のマニュキュアだ。)


ぼくは言った、よくできてるねぇ、ぼくがきょう見かけた女たちのなかで、あなたがいちばんかわいい、
PAL商店街の小鹿のバンビだね。
彼女は言った、ほんとですか?
ぼくは言った、ほんと。顔もととのってるし、眉の書き方もすっきりしてるし、メイクもやりすぎずに巧い。
鼻がやや弱点だけれど、そのくらいなら愛嬌があって好かれる、
整形はしない方がいいよ、メンテが一生ものだから。
化粧落としても顔、なくなんないでしょ。
彼女は言った、なくなりませんよォ。
ぼくは言った、身長は158センチくらい? もうちょっとあると最高なのに。
彼女は言った、159! ふだんはヒール履いてるから、こんなよ。(と、つま先だった。)
ぼくは言った、どうふるまったら男がいちころか、よく知ってるね。
彼女は小首を傾げて言った、キャバ嬢もやってましたから。
ぼくは言った、指名多かったでしょ。
彼女はうなづいた、エッヘンと言うように。
笑うと、ちょっぴりタバコのヤニに染まった歯並びが見える。
ぼくは言った、あ、歯はホワイトニングした方がいいよ、美女がだいなしだもの。
彼女は言った、中一から吸ってますからね。
ぼくは言った、ま、歯はともかく、かわいいね、耳見せてもらってもいい?
彼女は髪をかきあげてくれた。
顔の横幅を見たかった、ほっそりした顔だ、
同時にぼくは彼女の耳を見た、
ピアスもイアリングもなかった。
もしも明るい光のなかで見たならば、薔薇色に光が透けそうな耳だ。
そのとき、客が来て、彼女はぼくに微笑み小首を傾げ、
客とともに居酒屋へ消えていった。


ぼくはPAL商店街を歩きはじめ、さっき見た絵をおもいだす、
青い夜、満月、
左側に白い服の女が立っていて、
右側に黒い服の女が座っている。
ふたりの女には表情がない。
ぼくは17歳の彼女を白い服の女に重ねたりしながら、
そして絵のなかの夜を歩いてゆく。


ぼくと女友達とインド料理、ときどきフランス料理。
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/

もっと見る

8位

ネルケン (高円寺、新高円寺、東高円寺 / 喫茶店、カフェ)

1回

  • 夜の点数: 3.7

    • [ 料理・味 -
    • | サービス 3.5
    • | 雰囲気 3.7
    • | CP 5.0
    • | 酒・ドリンク 4.0 ]
  • 昼の点数: 3.7

    • [ 料理・味 -
    • | サービス 3.5
    • | 雰囲気 3.7
    • | CP 5.0
    • | 酒・ドリンク 4.0 ]
  • 使った金額(1人)
    ~¥999 ~¥999

2012/12訪問 2013/07/28

コーヒーとモーツァルトとあなた。

賑やかで騒々しい南口 PAL商店街も、一歩路地に入るとまた別の趣があって、
ぎょろりと目を剥く風神と雷神が長仙寺を護っていて、
その門前には、お洒落な古着屋や、若者たちのたむろする飲食店が並びます。
あなたはなにを探しているでしょう、誰に会いたがっているでしょう。


一本の樹が緑の葉を茂らせるその店の扉をそっと開けると、
ほの暗い店内から、ピアノと弦楽器の奏でる音楽が、あなたを迎えてくれるでしょう。
山小屋ふうの空間、壁にはランプを模した明かり、
床はコンクリ、店の隅に石油ストーブが置かれていて。
半ブースふうのしつらえが、それぞれの客に自分の時間を提供しています。
木のテーブルと、ドライフラワー、
真紅のヴェルヴェットのクッションの椅子には、レースがかかっています。
壁には、印象派ふうの(いいえ、二科展ふうの)油絵が額装され、
いくつも飾られてます。ユトリロに憧れる親父や、
横丁のセザンヌを気取るベレー帽のアマチュア画家たちの絵。
そしてブロンズの等身大の彫塑。


まるで千年を生きているかのような上品なおばあさんがしずしずと現れるでしょう、あなたの前に。
彼女は空色のアンゴラのセーターに、清楚なネックレス、グレイのロングスカート、スウェードの室内履き。
あなたは、ブランデイ・コーヒー480円を注文するでしょう。


あなたの耳に届きます、ピアノと弦の軽妙な応酬が。
たぶんブラームスじゃないかしら、
でも、もしかしたらフランスの作曲家かもしれない。
いいえ、この店があなたにおもいださせてくれるものは、
むしろ、1960年代の東京が見た、巴里の夢です。
マロニエの樹、凜と冷えた冬の空気、石畳、そして男と女。
あるいは、モノクロ映画のなかで見た、女たらしの無名の俳優、
純情なパントマイマー、泥棒、恋人たち。
あの頃の東京には巴里に憧れる人たちがたくさんいて、
かれらは歌謡曲の詞を書いたり、
若者たちを集めてアングラ劇団をやったり、小説を書いたりしていたもの、
もっともそれはあなた自身がじっさいに体験したわけじゃなく、
どこかで読むか聞くかした無数の物語が溶け合っているのだけれど。


そしてふたたび上品なおばあさんがしずしずと現れ、
白い皿に白いコーヒーカップ、脇にはちいさな銀器にブランディをテーブルに置くでしょう、あなたの前に。
あなたがコーヒーカップを口元に運ぶと、綺麗な香りが語りかけるでしょう、
そしてあなたはコーヒーを口にする、
柔らかな苦味のなかに優しい酸味が溶けています。
次にあなたは、ブランディを注ぐでしょう。


つかのまの沈黙。


やがてモーツァルトのピアノソナタが聴こえてきます、
くぐもった丸い、それでいて光沢のある音、
いかにも典雅なテンポルバード、
背筋を正したピアニストの俊敏な指が、
鍵盤深く沈む光景が見える、
パチパチ言うスクラッチノイズとともに届く音楽、
時の彼方から、いまという、この、時のなかに。


あなたはなにを探しているでしょう、
誰に会いたがっているでしょう。
もしかすると、あなたが会いたがっているのは、
いつか時の彼方に置き去りにした、
かつてのあなた自身かもしれません。


ぼくと女友達とインド料理、ときどきフランス料理。
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/

もっと見る

ページの先頭へ