ジュリアス・スージーさんのマイ★ベストレストラン 2011

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Eat for health,performance and esthetic

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ジュリアス・スージー (男性・東京都)

マイ★ベストレストラン

レビュアーの皆様一人ひとりが対象期間に訪れ心に残ったレストランを、
1位から10位までランキング付けした「マイ★ベストレストラン」を公開中!

コメント

ぼくが好きなレストランは、
料理がおいしく、創造性に富んでいて、
内装に気遣いがあって、もてなしに心の優しさがあって、
ひとりで食事をするにもときくつろげて、
女友達と一緒のときは、女友達へのもてなしが良く、
しかも、こちらが恋愛っぽい関係のときは、
レストランが、ごくさりげなく、ひかえめに恋愛を盛り上げてくれる、そんなお店です。


最初は、美女たちのための本格インドレストラン東京ベスト七店をあげようか、とおもった。
表参道シターラ本店、
表参道ゴングル、(ただし、ア・ラ・カルト)、
中目黒ディップマハル、
麻布十番シディークパレス、
銀座カイバル、
木場カマルプール、
そして六本木スワガット・インディアン・タパス・バーである。


でも、考えてみればぼくは美女ではなく、ただの中年男なので、
考え直し、それにせっかく2011年版なのだもの、どこか2011年らしさも欲しい。
では、2011年っていったいどんな年だったろう?
おもいだすままに書いてみると・・・



ネパール料理は、新宿サンサールにはじまり小岩サンサールにとどめをさすのだけれど、
しかし、それを括弧に括りながら、他の店の美質を見つけてゆく、
それがネパール料理グルメの心意気であり、
じっさい、そんなわれわれの心意気に応えてくれるだけの成熟が、
2010年以降の東京圏のネパールレストランシーンには生まれています。
まずは歴史と伝統の恵比寿のクンビラ。
12種の豆のスープのクワティと、モモがおいしい、かわいいネパーリ・バー、千駄木ミルミレ。
ランチタイムバイキングがすばらしい、ネパールの美しい家、品川レッサムフィリリ。
アンニュイで魅惑的なダルをふるまう渋谷のネパリコ。
スープ・モモがなんともすばらしい、関内北口・蓬莱町のエミ・ネパール。
ネパール山岳地方の、肝ッ玉かあさん料理をふるまう池袋の味家。
味家は、インド系料理好きならば、3回は訪れるべき、異端の名店です。
そしてグンドゥルック、ガーリックライス、多彩なアチャールがすばらしい西葛西ムナル。
ムナルは、潜在的可能性を大きく秘めていて、今後、大化けする予感があります。
はたまた、チベット料理、スィーマイが可憐においしい、目黒のカトマンズ・ガングリは、
たとえ国家が消滅してしまっても、チベットの料理を誇り高くふるまっていて、
過酷な二十世紀の歴史をおもいつつ、スィーマイを食べると、胸が締めつけられます。



次に、インドレストランの話題では、
中目黒ディップマハルが誕生、
まるでロンドンのオルドゲイト・イーストあたりにありそうな、
カジュアルにお洒落な空間で、
ばっちりおいしいインド料理をふるまい、
東京インドレストランシーンの成熟を感じさせてくれます。


個人店の、町谷Puja のベンガル料理のすばらしさもかけがえがありません。


また2011年のインドレストランの話題といえば、
ダバ・インディア出身の日本人オウナー・シェフの、三つの小さな名店が揃ったこと、
新大塚カッチャル・バッチャル、東西線・木場カマルプール、
JR千駄ヶ谷ディルセです。
インド料理の可能性を広げ、インド料理ファンをわくわくさせてくれています。



また、変化という意味では、
大森ケララの風が、5月末日をもって、
開店以来3年間続いた瀬島料理長時代が惜しまれながら幕を下ろし、
翌月から、沼尻オウナーによる、ランチタイムオンリーの、
街場の気さくなミールス&ティファン食堂になったこと。
また、入谷のジャガンナートが志の高かった本格ヴェジ専門店路線を辞め、
ごく平凡な北インド料理屋へ変貌したこと。(後註:その後、閉店)。





次に、レストラン・フレンチの話題に移りましょう。
2011年を新しい年として刷新させてくれたのは、
なんと言ってもレフェルヴェソンスで、
ゴージャスきわまりない空間で、
ポストモダンフレンチの魅惑の創造性を見せつけてくれています。



とはいえ、311以降、フレンチレストランには厳しい状況が続いていて、
全体的には、大御所の活躍が目立っている印象があります。
広尾アラジン、駒沢のラ・ターブル・ド・コンマ、
銀座のル・マノワール・ダスティン、
また、小さなお店の活躍も感じます。
広尾サリュー、代官山ラブレー、赤坂かえりやま、
目黒キャス・クルートはいかにも愛されていて。



最後に悲しい話題、
開業以来、14年間、営業を続けてきた、コム・ダビチュードが、
建物の老朽化に伴う取り壊しのため、10月30日(日)を最後に、幕を下ろしたこと。
いまの東京フレンチにもっとも必要なシェフのひとりが、
釜谷シェフであることをおもえば、損失は計り知れません。
コム・ダビチュードの再開の時を、待っています。


なーんて、つい、調子にのってレストランクリティックみたいなことを書いちゃったけれど、
でも、リストはもっと趣味的かつ個人的に選んだ方がおもしろい。
ひとりで食事をするときもくつろげて、
女友達と一緒のときは、女友達へのもてなしが良いお店。
ぼくにとっては、インド料理はふだんの食事、
フランス料理は、好きな美女とよろこびをともにするためのもの。
綺麗な香りのワインを愉しみ、シェフの創造性あふれる料理をいただきながら、
美女の柔らかな髪を、鼻筋を、顎のラインを、すらりと伸びた首を見つめ、
ふわふわと他愛もないおしゃべりを愉しむことは、人生最高のよろこびだ。
なぜって、レストランは、愛と幸福のためにあるんだもの。


そんなわけで、ぼくはあくまでも自分の愛と趣味でリストを作ってみました、
ぼくらしく見えたなら、おなぐさみです。

マイ★ベストレストラン

1位

レストラン アラジン (広尾、恵比寿 / フレンチ)

2回

  • 昼の点数: 5.0

    • [ 料理・味 5.0
    • | サービス 4.8
    • | 雰囲気 4.8
    • | CP 5.0
    • | 酒・ドリンク 5.0 ]
  • 使った金額(1人)
    - ¥15,000~¥19,999

2018/02訪問 2021/09/18

これ以上の幸福を、ぼくは知らない。

人生は一度だけだ。
その一度だけの人生で美食に関心をもつ人ならば、
その人のメインジャンルがたとえ和食であれ中華であれインド料理であれ、
いずれにせよ、最高のレストラン・フレンチを体験せずには、
死んでも死に切れない。
なぜって、フランス料理ほどに食材の多彩なおいしさを追求し、
加熱方法を分類し使い分け、各種の骨の水煮ダシを取り分け、ソースの併せ方にセンスを発揮し、
しかも食事にシャンパーニュやワインのゆたかな魅力を導入し、
各種フロマージュを愉しみ、デセールにショコラや果実も活用し、
香り高いお茶やコーヒー、焼き菓子、コニャックを味わい、
そのうえ料理人それぞれの個人様式を芸術にまで高め、
料理人たちを競わせることによって高みを維持し、
つねにグルメたちを惑わせ興奮させる話題を提供してきた料理ジャンルは
けっして他にないから。
しかも内装やサーヴィスの洗練においても一流のフレンチレストランは卓越していて、
たとえ経験値が乏しく、なけなしのカネで緊張しまくって来店している若い恋人たちに対しても、
はたまたそのレストランの有名シェフを神様のようにあがめ、
勉強のために向学心にこわばった心で訪れた若い料理人客に対しても、
接客の魔法によって、くつろいだたのしい気持ちにさせてくれるし、
さらにはどんな客にも、自分もまた意外と魅力的な人間なのだ、と
錯覚(?)させてさえくれる。


フランス料理の流行は3年ごとに変わり、マスコミはつねに新たなトレンドを求める。
つねにその時期のスターシェフが生まれ、予約の取れないレストランが生まれ、
なかにはこの不景気な時勢にあってひとり8万円もの値つけをする人気店さえある。
そして3年後には(残酷にも)その顔ぶれはほぼ変わってしまう。
けれどもその他方で、そんな流行とは無縁に
自分が最高とおもう自分の料理を淡々と作り続けるシェフがいる。
時代が変わっても、かれの料理は変わらない。
そう、川崎誠也シェフのことですよ。
かれの食材選びは厳しく、料理の発想は多彩で、季節感があり、
しかも川崎シェフらしいユーモアがあって、
ジビエを熟知し、過熱は的確、味わいは深く、ソースの併せ方も魅惑的で完璧、
けっして奇をてらったことはやらず、それでいて
オーソドックスでありながら、川崎シェフらしい。
一言で言って、かれの料理は
1973年にその名をつけられたヌーヴェルキュイジーヌの精神と態度を
まっとうにそのどまんなかを継承している。
しかも値つけはけっして高すぎることはなくまた安すぎもしない。
いいえ、その料理の高みをわかる客にとっては、
ランチ価格など「こんなに安くていいの???」と感じるほど。
(川崎シェフはけっしてカネ持ち客ばかりを相手にした商売を好まず、
むしろ多数派の標準年収の客たちが
年に1度か2度、特別のイベントとしていそいそと食べに来てくれる、
そんなレストランであることをこそ望んでいるらしい。)
かれは還暦を越えながらますます幸福で超若々しい。
(その理由のひとつをぼくは知っているけれど、ここには書けない。)
おまけに、川崎シェフはなにをおもってかぼくのことを好きらしい。
いったいなにゆえそんな名誉がぼくに降り注ぐのか、まったくわからない。
いかにもパリのノミの市で怪しげな骨董を買い集めた
そんな川崎シェフらしいことである。
なお、どうやら川崎シェフは、
ぼくがフランス料理の眩しく遥かな高みと深くゆたかな官能を知りながら
インド料理ばかり食べていることを、たいへんにまちがった憂慮すべきことだと
嘆いているらしい。もしも他の人が言うならばぼくは大いに反論するだろうけれど、
しかし、あの川崎シェフがおっしゃるのだもの、ぼくは悔い改めるほかない。


この日は川崎シェフが組み立ててくだすったこんなコースをいただいた。


シャンパーニュ。
サンセールの白ワイン。


1)いろんなジビエのコンソメ
イノシシ、鹿、鴨、そのほかアラジンの厨房にあるすべてのジビエの
骨や肉を使ったコンソメ。
ボキューズボウルのなかのその液体は、
紅茶のような色合い。イノシン酸のうまみをともなった香り。
なんとも優雅な香りと味。


2)ヒラメの切り身を蒸したもの、キャベツとポロネギ添え。
むっちり蒸しあげられたヒラメの純白な身がすばらしくおいしい。
キャベツとポロネギはあざやかな黄色、
酢をもちいて優しい酸味に仕上げてある。


3)ホワイトアスパラガスの生ハム巻き、バターソース
大きく立派なアスパラ、優美に微笑む繊維質、生ハムの塩がいい具合、
バターソースがエレガント。


4)フキノトウの芯をくりぬいて、フォアグラを詰めて、
コロモに包んで揚げたもの、マデラワインソース

フキノトウの苦味が大人っぽい。
フォアグラのまったりしたうまみがおいしい。
そしてマデラワインソースの上品で深みのある澄んだ甘さがいい。


5)イノシシの背肉のキャベツ包みロースト、
コーシン大根、黄カブ、レンコン、京ニンジン、葉タマネギ、慈姑添え。

すばらしくおいしい!


6)仔鴨のロースト、サルミソース
血沸き肉踊るおいしさ、
ローストは的確だし、ショコラ色のソースのうまみは深い。
一口食べると1500メートル全力疾走したくなる。


さらに、「じゃがいものグラティネ、黒トリュフ入り」が、
副菜として登場。これがまたおいしいの。


7)トリュフの香りを移した卵を使った、半熟卵焼き
おっぱい型の覆い(クロッシュ)をかぶせて登場。


ブローニュの赤ワイン。


8)鴨の脚、内臓、腕のロースト。
サラダ添え。
上等の塩の効果がわかる。肉のうまみが深く、たいへんおいしい。


9)イチゴとルバーブのババロア


10)エスプレッソw と
チョコレートのムース と みかんのソルベ


アラジンは内装もほどほどにchic で、
サーヴィスも品格があり、しかも穏やかで優しい。
また料理は、川崎シェフが多くを作るにせよ、
ときどきはスタッフが作る場合もあって、
しかもアラジンでそうとう食べ込んだ客であっても、
それがシェフによるものか2番手によるものかけっしてわからないだろう。
これは驚くべきことで、すなわち川崎シェフは教育力もたいへんに優れている。
そのうえ、あるいはもしかしたら川崎シェフは、
ぼくのようなレヴュアーの美意識さえも育てようとしておられるのかもしれない。
なるほど、自慢してよいことにはぼくのフレンチ舌は
あきらかに川崎シェフに育てられている。


川崎シェフとあれこれおはなしもできた。
琵琶湖の隣の余呉湖にある徳山鮓 (とくやまずし)の熊のしゃぶしゃぶがおいしいとか、
鮎は川の上まで遡った鮎がもっともおいしいとか、
ロニョン・ド・ヴォーは仔牛のそれがおいしく成牛のはまずい、
ところが松阪牛に限っては成牛のそれであってもおいしいとか。
けっきょく、おいしさは生命力なんだ、
われわれはその生命力をいただいているんですよ、と川崎シェフは結論づける。
はたまた、ロマネコンティのおいしさの秘密は石灰質の土壌にある、
その土壌は英国にもあってそうとうおいしいシャンパーニュ
(とは呼べないがすばらしいもの)ができる、
さいきんはニュージーランドで挑戦している人たちがいて、
しかもニュージーランドでは年2回葡萄が獲れる、というようなはなし。
また遅い午後に、宮崎県川鍋町の黒木町長も食べに来られ、
町起こしの相談を川崎シェフとなさったり、
またワイン業者がワインの売り込みに来店し、
川崎シェフがたいへん穏やかな口調で、そのリストをやんわり叱る場面もあった。
川崎シェフの人望と、そしてまたレストランを質高く維持するためには、
さまざまなふるまいが必要であることを、ぼくはかいま見た。


アラジンでフルコースを美女と目と目を見つめ合って3時間かけていただく。
これ以上の幸福をぼくは知らない。
今回は美女はいなかったものの、しかしそれであってなおぼくはじゅうぶん幸福だった。
ぼくの好きな人にはぜひアラジンで食べて欲しい。
いつかムゲーシュとぜひ食べに来たい。


『真鍮製のハンドルが軋む音』2011年1月。
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/diarydtl/119743/

『時の影がワインレッドに染まる。2014年10月。
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/diarydtl/124878/

『ふたりの24歳。』2015年3月
https://www.doom.now.cc/tokyo/A1307/A130703/13004454/dtlrvwlst/B113095289/


ぼくと女友達とインド料理、ときどきフランス料理。
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/



フランス料理のことをなにも知らなくたっていいんだよ、
趣味のある空間で、気持ちのいいもてなしを受けながら、
シャンパーニュやワインを味わい、
次から次に現れる、最高においしい料理を、ゆっくり愉しみながら食べる。
客であるぼくたちは、目と目を見つめ合って、愛の言葉を囁き合い、
ときに、「料理、おいしいねぇ、すばらしいねぇ」と、ためいきをつく。
ただそれだけのことが、若いきみにとって、かけがえのない経験になる。
おいしい料理が好きならば、メインのジャンルがなにであれ、
最高のフランス料理は食べたほうがいい。
ただし、おばあさんになってからはじめて食べたってつまらない、
若く、美しい、24歳のいま、ちゃんと華やかにおしゃれをして、
背筋を伸ばし、微笑みながら体験してこそ、かっこいい。
では、どこでレストラン・フレンチを食べる?
それはもちろん広尾のアラジンさ。
ざっとそんなことをぼくは彼女に囁いたのだった。


ぼくはいま55歳で、目はとっくに老眼、
髪の毛に艶は失われ、顎ヒゲは白髪混じりで、おまけに腹も出ている。
いつも派手バカ服を着ていても年齢は隠せない。
そんな自分がまさか24歳の美女と、目と目を見つめあって、
アラジンでデートできるなんて、夢にもおもわなかった。
彼女の栗色のショートヘア、しっとりみずみずしい頬の曲面、
ピンク色の唇、そして、丸い肩とほっそりした腕を見せてくれる、
春色のノースリーヴのミニスカ・ワンピ。
ぼくは心のなかで叫ぶ、生きてて良かったッ!!!
そう、ぼくの目には彼女の若さが眩しい、
けれども、他方、芸術家の魂をもつ彼女は彼女で、
若さと才能と無名、そして見えない未来、その牢獄のなかで、闘っている。
いまにしておもえば、遠いむかし、若かった頃のぼくもまたそうだった。
もっともぼくは、これまでの人生においてまったく功なり名をなしとげることもなかったけれど。


さて、アラジンの川崎誠也シェフとして知られるその人は、
いったいどんな来歴をたどって、いまに至るのだろう?
24歳のカワサキ青年は、いったいどんな闘いを生きていただろう?





いや、順を追って話そう。
ざっとこの日のコースの紹介から。
まずはシャンパーニュで乾杯。
あとは白ワイン、サンセールでとおした。


手長エビの白菜包み蒸し、セップオイルと柚子風味。
なんて上品な一品だろう、むっちりしたエビが春らしい白菜に包まれ、
清楚で官能的な香りをまとって。


ヒラメのロースト、アサリ入りラタトゥイユ添え。
これもまた上品なおいしさなんだ、
ヒラメのはかないおいしさに、穏やかな陰影を添えるアサリ、
そして色彩のはなやかな、優しいおいしさのハーモニーを奏でる野菜だち、
ミニマムな組み合わせでありながら、
喩えようもないゆたかさが生まれていて。


ヤリイカのブイヤベースソース。
イカがうまみたっぷりの茶色いソースで煮含められている。
深くリッチなおいしさの高貴な一品でありながら、
なぜか庶民にも懐かしいおいしさだ。


エゾ鹿の脛肉の赤ワイン煮。
(濃厚なソースのなかに、鉄分たっぷりの赤身肉が重厚な赤ワインソースをたっぷり吸い込んで、
ニンジン、ブロッコリー、小タマネギが脇役を演じています)、
ココット鍋でサーヴされます。
つけあわせが、パスタ、ほうれんそう、セップ、トランペット・ド・モール。
これがまたうまいに決まっている一品でありながら、
そのおいしさは想像を超え、脊髄に電流が駆け抜け悶絶し、
そのまま1500メートル全力疾走したくなるほど、おいしい。


ウズラの、キノコとワイルドライス詰めロースト、カレー風味ソース。
半身が2つで、計1羽。むっちり焼きあがったウズラのなかに、
真っ黒いワイルドライスが詰まっていて、上品なカレーソースが、
穏やかにキックを与えています。

イチゴのゼリーで包んだリュバーブとイチゴのコンポート。
これがまた背徳的なおいしさ。

リンゴの薄焼きタルト、アイスクリーム添え。
ロアゾーのスペシャリテを継承しているそうな。

最後に、薄切りオレンジやリンゴのドライなローストをつまみながら、
ぼくはエスプレッソをダブル、彼女はコーヒー。


あぁ、なんてすばらしいフルコースだろう、
リンゴの薄焼きタルト以外は、
すべて川崎シェフのオリジナルで、
しかもそのオリジナルがどれも明快なイメージをもった魅力たっぷりの
堂々たるスタンダード・ナンバーになっていて、
これ以上においしい料理など想像できない、まさに最高の料理がここにある。





夢のようなコースを終え、ぼくは給仕長に言った、
「彼女は超ラッキー・ガールなんですよ、
だって彼女はきょうがフレンチ初体験、
それがきょうのこのアラジンのフルコース、
そんなこと、ふつう、ありえないでしょ。
ねぇ、この三国1の幸せ者ッ。」
給仕長は一瞬、眩しそうに彼女を見た、
(おそらくぼくと同様に)彼女を超うらやましくおもっただろう、
しかし、もちろんそんなことを口に出せるわけもない、
1秒の沈黙の後、かれは微笑んで折り目正しく役割トークを口にした、
「そうおっしゃっていただけて、光栄です。」
そんなことを囀っていたら、川崎シェフが現れた。
それからぼくはシェフからいろんな話をうかがった。
あの時代の貴重な証言をさまざまに聞きながら、
ぼくが了解したのは、川崎シェフのフランス料理観であり、
すなわち人生を賭けた闘いのありようである。


川崎青年は1979年、24歳でフランスへわたり、翌年春から夏、
ベルナール・ロワゾー Bernard Loiseau 1951- 2003 のレストランで働いた。
ロワゾーは、デグラッセの魔術師、厨房のモーツァルトと賞讃されるシェフである。
1980年といえば帝王ポール・ボキューズが54歳で、
すでにそのひとつ下の世代が台頭していた。
ロワゾーはまだ29歳で、ブルゴーニュ地方のソーリューという街の、
由緒正しい歴史的名店でありながら、ただし
かつての輝きをやや失いつつあったコートドール La Côte d'Or を、
レストラン経営者のクロード・ベルジェが買い取り、
ロワゾーをシェフに抜擢して数年。
ロワゾーはまさに料理の力で、コートドールの名声を甦らせ、
料理好きならばぜひにもいま訪れるべき店に、しつつあった。
ロワゾーは、かつてのバターたっぷりのおいしさを過去のものにした、
誰もが驚いたものだ、「こんなにも軽く、それでいてこんなにもおいしいなんて!」
「ダイニングにはグルメたちにまじって、ロワゾーのテクニックを盗もうとする、
料理人たちもけっこう来てました。
いまにしておもえば、1980年は、
ベルジェの引退を機に、ロワゾーは借金をして、コートドールを買い取った年です。」
この時期フランス料理はさらに大きく変わりはじめていた。
むろんロワゾー以外にもさまざまな料理人たちによるいろいろな試みがあり、
歴史の覇権を誰が握るか、それは同時代においては誰にもわからない。
「アラン・デュカスはまだ24歳、
ジョエル・ロブションでさえ35歳で、まだ、Hotel Nikko (ホテル日航)の、
レストラン・セレブリテ Les Celebrites の雇われ料理長でした。」





第二次大戦後のフランス料理の歴史は、一般にこんなふうに語られることが多い。
まず重要なできごとは、1973年、その名をつけられた、
料理人たちの革命、ヌーヴェル・キュイジーヌである。
それまでというもの、料理人たちは、
地下の厨房で朝から夜遅くまでコキ使われて、
決まりきった料理を作りつづける職人だった、
しかし当時若く才能にあふれた料理人たちは立ち上がり、
この現実を改革し、明るい日の光の差す機能的な厨房で、
純白のシェフコートに身を包み、ときには颯爽とダイニングに登場し、
自分の表現として料理で、お客たちをもてなす芸術家になっていった。
当初は、一方でブーイングが、他方で応援と賞讃の声がいずれも盛大にあがり、
ヌーヴェル・キュイジーヌの是非をめぐる大論争に発展した。
けっきょくその2年後、時の大統領ジスカールデスタンが、
ヌーヴェルキュイジーヌの旗手ボキューズに賞を授与することで、
そしてボキューズが仲間の料理人たちとその名誉を分かち合うことで、
料理人たちの革命は、勝利を決定づけたものだ。
(これはまさにポップ・ミュージックの歴史における、
ビートルズ以前/以降のような決定的な出来事だった。)


ここで、世の人々は、一方であらためて歴史をさかのぼり、
ボキューズをはじめ多くの料理人を育てたフェルナン・ポワンに注目しつつ、
他方、ボキューズ世代の1ダースほどの料理人たちをスターとして遇し、
さらには、近年ではフランス料理史の語り手たちは、
その後の1980年代後半以降を、
ジョエル・ロブション、さらにはアラン・デュカスで描き、
00年代のスター、ミシェル・ブラスをはじめとした、
いわゆるコンテンポラリー・フレンチと呼ばれもする世代につなぐ。
フランス料理の現代史は、たいていこんなふうに語られるもので、
いわば教科書的な、無難で順応的な、歴史観と言っていいでしょう。
しかし、ヌーヴェルキュイジーヌの本格的な開花期1980年代に、
フランスのさまざまなレストランで仕事をしていた川崎シェフにとっては、
誰もが語るそんなステレオタイプな語り口、
とくに、1980年代後半以降の描き方に、
大きな(許しがたい?)違和感があるのではないかしら。
いや、もっと言えばそこには、
〈他人のカネを使って好きなことをやるか、
それとも自分のカネで店を作って、自分がリスクを負って、自分の料理で闘ってゆくか?〉、
料理人の人生を左右する問い、すなわち人生観が、反映してもいて。


川崎シェフは語る、
「ロブションを見出し、スター・シェフにしたのは、実は、
世界にいくつもあるHotel Nikkoの、
当時のレストラン部門のトップだった、佐原秋生なんですよ。
どこのホテル・ニッコーにも、和食の Benkay 弁慶 と、
フレンチのセレブリテ Les Celebrites がある。
佐原秋生によって、ロブションはパリのニッコーのセレブリテのシェフに抜擢され、
そこでロブションは併設のベンケイに関心を持ち、
和食の、目に美しい器ともりつけ、刺身における洗練されたナイフテクニック、
握り寿司の綺麗で優美な姿、ニンジンひとつとっても花の形にカットしてあったりする、
そんな和食の工芸的な輝きに、魅了された。
そしてロブションはかれならではの感受性でもって、それをかれのフランス料理に活かし、
たとえば野菜のカットにしても、ミリ単位で厳密におこない、ボール状にくりぬいたり、
加熱の温度や時間配分も秒単位で定め、
皿の円周を3色のソースのドットで飾るような、神経質で華麗なスタイルを作りあげ、
そしてホテル・ニッコーを辞め、かれの店、ジャマン Jamin を作りました。
とうぜん調理にはかつてとは比べ物にならないくらい時間も手間もかかります。
じっさい最盛期のジャマンは、30席に、あろうことか、
料理人30人というすごいことになってゆく。
しかもジャマンだけは、昼営業から夜営業までのあいだの休憩もなかった。」


「その後ロブションは、50歳を目前にいったん引退を表明し、
その後は、もっぱらレストラン企業家として、活躍するようになった。
すでにロブションは日本では、
1994年に、東京の恵比寿ガーデンプレイスに、サッポロビールのカネで、
まさにシャトーみたいなゴージャスな店を開いていました。
あれだけの高値つけで、連日ちゃんと客がたくさん入りながらも、
しかしロブションに払う莫大なカネをはじめとして、あまりに経費がかかりすぎ、
結果、サッポロビールは10年間経営した後に手を引き、
それを宅配ピザのピザーラが買った。
ピザーラは、なんとしても欲しかった世界最高の名誉を手に入れたんです。」


「そんなロブションのビジネススタイルを追いかけ、それに挑戦したのが、
アラン・デュカスで、デュカスもまた、世界中にたくさんのプロデュースレストランを作り、
日本においては、不動産屋のカネで表参道にブノワを作った。
ある意味で、あの時代はジャパン・マネーが、フランス料理の世界を変えたとも言えるのだけれど、
しかし日本人だけがそのことに気がついていないんですよ。
ブノワを作った不動産屋もつぶれ、けっきょく、デュカスがブノワを安く買い取った。」


「ロブションもデュカスもいずれも堂々たる立派な人生だとおもいます。
やろうとおもったってそうそうできることじゃありませんからね。
やはりかれらは選ばれた、すごい人たちなんです。
ただし、同時に、ミシュランが1990年代に、かれら、料理をしないレストラン企業家たちの店を選んだときから、
ミシュランはおかしなことになっていったんです。」





では、川崎青年はいかにして川崎シェフになっただろう?

ロワゾーのコートドールは、ブルゴーニュにありますから、
春から夏にかけてが忙しいんですよ。
ですからぼくもセゾニエ(季節契約)で入りました。
秋になってロワゾーの店を去るとき、ぼくは記念にメニューにシェフにサインをしてもらいました、
料理人はよくそういうことするんですよ。
かれはメニューにこう書いてくれた、Peut- être, Japon sera fière de toi.
英語で言えば、Maybe Japan will proud of you.って意味なんですよ、
「peut- être  英語ならmaybe 日本語なら、たぶん」が、ちょっとひっかかるんですけど、
でも、ロワゾーはいつも陽気でコメディアンみたいな男ですから、
いつもひとこと多いんですよ。


ロワゾーはぼくに訊ねました、次は誰のとこで働きたいんだ?
ぼくは、即座に、ジャック・マキシマン Jacques Maximin 1948- と答えました。
そしてぼくはロワゾーが書いてくれた紹介状を手に、
南フランス、ニースのビーチにある、オテル・ネグレスコ Hotel Negresco  に、
http://www.booking.com/hotel/fr/negresco.ja.html
当時32歳のジャック・マキシマンを訪ねました。
いかにも歴史を感じさせるホテルで、
館内は、ルイ13世様式からモダンアートまで5世紀にわたる美術品でいっぱいなんです。


ジャック・マキシマンは、おでこに傷痕があって、
チンピラっぽいジャンパーを着て、
創造性にあふれた料理を次から次に作り、
そのすべてが魔法のような輝きに満ちていました。
当時24歳のデュカスは、客として何度も食べに来ていた。


後にマキシマンはニースの市長と組んで、調理場がステージで、
レストランが劇場であるようなクールなレストランを作りました。
でも、その後、その市長は汚職でつかまり、レストランはつぶれてしまった。
それからまた、ジャック・マキシマンを神戸へ呼ぶ計画もあったんですよ、
かなり具体的な話まで決まっていた、けれどもそれもけっきょく不動産屋がつぶれて、
なくなってしまった。


ジャック・マキシマンは誰よりも輝かしい才能に恵まれながら、しかし運がなかった。
その後ややあって、このところはジャック・マキシマンは、
ニースとカンヌのあいだにありカーニュ=シュル=メール CAGNES SUR MER で、
奥さんとビストロをやっていて。
http://www.jacquesmaximin.com/JMpage1.html
いまだに多くの料理人たちは、デュカスやロブションではなく、
むしろジャック・マキシマンにこそ、熱狂的な賞讃を捧げる、
たとえ、世間がどう言おうと、すばらしくしあわせな人生ではないか。
ぼくはそうおもいます。





川崎シェフは言う、
この頃、おもいだすんですよ、
コートドールで働いていた頃、ぼくはスタッフのフランス人とふたり部屋で、
前の部屋はロワゾーがひとりで使ってました。
夜中にロワゾーが、こっそり部屋を出てプジョーのエンジンをふかして、
どこかへ出かけてゆくんですよ。
いまにしておもえば、あのときロワゾーは、
後に結婚する人に会いに行ってたのだろう、とかね。


ジャック・マキシマンは、サッカーが大好きで、
ニースのいろんなレストランでそれぞれチームを作って対抗試合をするんですよ。
ある試合の日ぼくは、行きはマキシマンのクルマに乗せてってもらったんですけれど、
試合は、マキシマンのネグレスコ・チームが負けちゃって、
マキシマンは怒って、帰りはぼくを置いて帰っちゃった。
ぼくらはみんな夜営業のためにホテルへ戻るんですけど、
みんな戻ったらマキシマンにいったいどんなことを言われるかビビッちゃって、
スタッフと一緒のクルマのなかで、みんなして暗い顔をして、黙りこくって、
夕暮れの海辺を飛ばしたものです。





さて、アラジンではいつものように、
4時間にもおよぶ贅沢なランチをいただき、ぼくと彼女は、店を出た。
鈍感なぼくは気がつかなかった、
彼女は、はじめてのフランス料理、
次から次へと押し寄せてくる、はじめて食べる種類の、美味への感動、
ぼくと川崎シェフとのいかにもマニアックな会話、
(さぞや彼女は緊張しただろうし、しかも、ごめん、
ぼくはシェフとの会話に熱中するあまり、
いまにしておもえば、ときに大事な彼女を蚊帳の外に置いてしまいもした)
結果、彼女は、そのあまりに濃密な4時間に、くたくたになっていた。
予定では、これから神保町へ行って、古本屋をうろついて、
ミロンガ・ヌオーバ で、なまめかしくエロいタンゴを聴きながら、
そっと手と手を重ね合わせるつもりだったけれど、
しかしけっきょく広尾商店街の上島珈琲店でコーヒーを飲んで、
そこでお別れをすることにした、
店の前で、ぼくは彼女をぎゅっと抱きしめて。


そしてぼくは店に戻り、もう一杯コーヒーを飲み、
そのまま広尾から地下鉄日比谷線に乗る気にならず、
ただただ歩きたくなって、夕暮れのなか、
外苑西通りを南に南に、歩いた。
やがて首都高が現れ、その下をただひたすら歩いているうちに、
いつしか夕方はすっかり夜になっていた。
自然教育園の右手を蛇行し、交差点を左折すると、目黒駅への道だ。
えんえんスクラップ&ビルドを繰り返し続ける魔都、東京の夜が輝いている。
ぼくは歩いた、目黒駅への道を、
コーヒー屋の前で強く抱きしめた彼女のことをおもいながら。


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『真鍮製のハンドルが軋む音』2011年1月のレヴュー。
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/diarydtl/119743/

『時の影がワインレッドに染まる。2014年10月のレヴュー。
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/diarydtl/124878/

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ぼくと女友達とインド料理、ときどきフランス料理。
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/

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2位

ラ・ターブル・ド・コンマ (駒沢大学 / フレンチ)

1回

  • 昼の点数: 5.0

    • [ 料理・味 5.0
    • | サービス 3.5
    • | 雰囲気 5.0
    • | CP 4.0
    • | 酒・ドリンク 4.0 ]
  • 使った金額(1人)
    - ¥15,000~¥19,999

2011/11訪問 2021/10/27

誰よりも野菜たちを愛したラ・ターブル・ド・コンマ、その23年の歴史に2012年1月31日(火)ディナーで幕を下ろす。

なるほど、ボキューズ、ロブション、デュカス、そしてブラスは伝説のシェフである。
レストランエルブリのシェフ、フェラン・アドリアは2000年代の最初の十年間
もっともスノッブなスターシェフたちのひとりだった、
いまいちばん話題のレストランは、デンマークのノーマらしいね。
そんな話題はたのしい、とはいえ、それを言うならば、同時に、
東京のル・マノワール・ダスティンの五十嵐シェフ、
アラジンの川崎シェフ、
そしてラ・ターブル・ド・コンマの小峰敏宏シェフは、最高にすばらしい。


そのくらい東京のフレンチの輝きを放ってきた
そんなラ・ターブル・ド・コンマが、
その23年の歴史に、1月31日(火)ディナーで幕を下ろすそうな。
営業は、1月31日(火)ディナーまで。
土日は微妙ながら、平日はまだ予約の取れる日もあるようです。


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


賑やかで雑然とした表通りから、お店に入っただけで、
そこには、静かな時間が流れていて。
ぼくはウェイティングルームのソファに案内されました。
やがて、女友達が現れ、挨拶もそこそこに言いました、
「きょう、すごくたのしみ。」
卵型の顔にショートヘアがよく似合っていて、
ひかえめなまつげエクステのカールが愛らしく、
長い首、襟ぐりの大きいワンピース、
そして白いヒートテックの胸元で、
小さなトパーズのネックレスが清楚なアクセントになっていて。
彼女のそのお洒落は、いくらかはぼくをよろこばせてくれるためであるにせよ、
しかし、より大きくは、小峰シェフの野菜フルコース一万円(税・サ別)を食べるための、
いかにも彼女らしい、シェフへの敬愛の表現であって。


ラ・ターブル・ド・コンマのダイニングには、
静かで落ち着きがあって、いかにもヨーロッパの上品を感じさせます。
純白のテーブルクロスのかかったテーブルには燭台が飾られています、
(もちろん美女の瞳を輝かせるために。)
窓の外、お庭が見えて、たくさんの緑が輝いていて。
その佇まいは、地方都市のフレンチレストランのよう、
歯科医の家族や、ロータリークラブのメンバーの家族が、
ちょっとした日に食べに来る、そんなふんいき。
それでいて、料理は小峰シェフですから、
ウィリアム王子とケイト夫人をお誘いしたって、大丈夫。
(あ。サーヴィスがちょっと弱いかしらね。
でも、ケンブリッジ公爵夫妻ではないわれわれには充分です。)
え? そんなお店、スージーには似合わないだろ、って?
ま、空間だけ言えばそうなんだけどさ、
でもね、ラ・ターブル・ド・コンマは、小峰シェフの世界ゆえ、
30人にひとりくらいの比率で、ぼくのような、
もっぱら小峰シェフの料理を鑑賞するために、
目をらんらんと輝かせ、ノート片手に現れる(!)
そんなお客たちもまた混じってるんだ。





さて、コースを紹介しましょう。
小峰シェフは、謙遜に、
料理名をごくかんたんに書きますが、
ただし、料理は凄いです。


1)キノコと野菜のマリネ。
マッシュルーム、いんげん、キヌサヤ、ニンジン、
ズッキーニ、ビーツ、カリフラワーを、
別茹でして、オリーヴオイルとレモン汁にマリネしたもの。
「やや冷製」というふうな優しい温度で、清楚な香りがします。


2)フランス産キノコと岩手産キノコの煮込み。
フランス産はジロルとシャントレルなどキノコがいっぱい、
そこにフォア・グラが混じっていて、
官能的な香りと、まったりしたうまみを添え、
ちいさな栗も混じっていて、食感のおもしろさと優しい糖度を与えていて。
全体は、軽いバターソースでまとめてあります。


3)野菜の煮込み。
ニンジン、タマネギ、ブロッコリー、カリフラワー、
ポワロー、インゲン、ペコロス、ズッキーニが
蒸し煮(エテュヴェ)してあります。
カリフラワーにだけは、焦げ色がついていて、
さすが、小峰シェフ、仕事が緻密です。
華やかで、食べていて、楽しい一品。


4)白菜のロースト。
この一品が、凄いんだ。
世の多くのシェフたちのように、
正確な料理名を書くならば、
「白菜の葉の部分のロティ、根の部分のブレゼ、
豚バラ肉のラグー(煮込み)の小片、
スイスのアッペンツェラー産フロマージュの薄片、
そしてウイキョウの花を添えて」。


四角い皿の上に、白菜のそれぞれの部位が盛られていて、
二品構成のような趣です。
白菜がとぅるんとやわらかく、ほのかな甘みをともなって仕上がっていて、
目を閉じて味わうと、その食感は、和牛をおもわせます。
それでいてその繊維質はやはり白菜ならではのもので、
しかもその繊維がすべて微笑んでいて。
フロマージュの小片と豚バラ肉の煮込みの小片も、
良いうまみのアクセントになっていて。
ウイキョウの黄色い花が可憐で、しかもフェンネルに似た香りがあって。
(おそらくはなにかの肉のジュをベースにした?)ソースは穏やかで、控えめで、
あくまでも白菜の引き立て役にまわっていて、それでいてバランスは適切で、
なんとも優美なんだ。


5)ゴボウのタルトレットとゴボウのアイスクリーム(ぼく)/
洋梨のチップを飾った、ヴァニラアイスクリーム、
キャラメリゼした洋梨のローストの上に。(彼女)。
(あ、ごめんなさい、この料理名はぼくが書いちゃった、
小峰シェフは、こんなひちめんどくさい料理名の書き方はなさいません。)


ゴボウのタルトレットは、あたかも赤いフランボワーズのように見えながら、
実は、味噌なんです。こういうユーモアがまたチャーミングです。
ゴボウのアイスクリームも、上品で、
ゴボウから食感(繊維質)を引き算したとき残る、ゴボウの味、
(その穏やかな優しい味)をアイスクリームの甘さのなかで表現してあります。


6)エスプレッソダブル(ぼく)/紅茶(彼女)、
そしてちいさなショコラ7つ。


ショコラは、ちいさいけれど、ひとつひとつ味わいが違って、
驚きと楽しさが潜んでいます。


いやぁ、完璧なフルコースでした。
そしてぼくは、卵型の顔の首の長い美女に話します。





野菜フルコースって、いかにもどくとくな世界でね、
喩えるならば、西洋古典音楽の世界には、木管五重奏というジャンルがあって。
それはフルート、オーボエ、クラリネット、ファゴットに、
ホルンを加えた編成。
弦楽器も、金管楽器も、打楽器も、ピアノもないでしょ、
なんてふしぎな編成かしら。
木管五重奏は、響きが優しく、暖かく、魅力的だけれど、
にもかかわらず、弦楽器も金管楽器もなしの作曲は、
作曲家にとって手を縛られたように感じるんじゃないかしら。
それが証拠に、モーツァルトもベートーヴェンも書いていない、
なぜって、響きは柔らかく優しく美しいけれど、
しかしその優美な響きもいつまでも続けば、ともすれば眠けを誘い、
木管だけで起伏に富んだ音楽を作るのは難しく、
拍手喝采をもぎとる音楽に仕上げることはなみたいていではない。
したがって、多くの作曲家は、木管五重奏に手を伸ばさない、
わずかにヒンデミットやミヨーが作曲しているくらい。
そして、ぼくはおもうんだ、
料理人にとって、野菜フレンチのフルコースは、
まさに、木管五重奏曲の作曲に匹敵するんじゃないかしら。


さて、では、それができるシェフが世界中に何人いるだろう?
もちろん最初に出てくるシェフの名前は、
あの華麗なるガルグイユのミッシェル・ブラス・シェフでしょう、
それからアラン・パッサール? でも、もうその後が続かない。
そこに登場するのが、小峰シェフですよ、
あのスペシャリテの「十二種の野菜のエトフェ(蒸し焼き)」、
カボチャ、サトイモ、アマイモ、サツマイモ、
ポワロー、カブ、カリフラワー、セロリの芯、
ズッキーニ、じゃがいも、ニンジン、大根、
いずれも小片が、蒸し焼かれ、
四角い皿の上は、現代美術のコンポジションのよう。
粗い海塩が、節度をもって振りかけられ、
鶏のジュのソースがそっとかかっていて。
12種という限定感が、小峰シェフの凛とした美意識を伝えていて。
食べれば、それぞれの野菜は最大限に糖度を引き出され、
しかも絵画に喩えるならば中間色のトーンが拡大鏡にかけられたように、
多彩に感じられる。


しかも、今回の「白菜のロースト」がまたすばらしかった。
しいて似たものを挙げるならば、
想像しうる限り極上のロールキャベツだけれど、
でも、小峰シェフの「白菜のロースト」は、
ロールキャベツみたいにノスタルジックでなく、
そこには小峰シェフの創造性が切り拓く料理の未来があって。
しかも、小峰シェフならば、
野菜料理のフルコースを、
たとえ13夜連続フルコースでさえも作れてしまうでしょう。





そしてぼくらは、微笑み合って、お勘定を払い、シェフにお礼を言って、店を出た。
名残惜しいね、少し散歩でもしようか。
そしてぼくらは電車に二駅ほど乗って、用賀へ向かった。
沖縄の建築家集団がこしらえた散歩道はほのぼのしていて、
歩いていてたのしく、
のんびり歩いて、砧公園に着く頃には、夕闇だった。


並木道を歩きながらぼくは、卵型の顔の美女に語ります、
いや、きょういただいたフルコースは、木管五重奏というよりも、オペラだったね。
そう、白菜をヒロインにした華麗なオペラだった。
ぼくは息を飲んだよ、白菜をあんなにものびやかに、自由奔放に、輝かせることができるなんて。
そもそも、いったい小峰シェフ以外の誰が、
仔羊でも、仔牛でも、野ウサギでも、野鴨でもなく、
白菜をヒロインにしたオペラを作曲するだろうね。


すると彼女は言いました、
スージーさんには、逆立ちしたって無理ですよね、
だって、毛並みの美しい野鴨ばかりちやほやして、
白菜の存在なんて目に入らないですものね。


ぼくは笑って言った、あ、ずるい、世渡り上手、
美しく、俊敏な、野ウサギの癖にまるで自分が白菜みたいな言い方しちゃって。


夕闇のなか、野球の練習場だけが明るく、辺りを照らしています。
並木道を歩きながら、ぼくは彼女に言った、
小峰シェフはすばらしいねぇ、
ヒンデミットにも、ミヨーにも負けないくらい。


ぼくらは夕闇のなかを歩いていった、
心のなかは輝いていた、小峰シェフの白菜のロティに照らされながら。


ぼくと女友達とインド料理、ときどきフランス料理。
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/

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3位

スパイスマジック カルカッタ 南口店 (西葛西、葛西 / インド料理、インドカレー)

1回

  • 夜の点数: -

    • [ 料理・味 -
    • | サービス -
    • | 雰囲気 -
    • | CP -
    • | 酒・ドリンク - ]
  • 昼の点数: -

    • [ 料理・味 -
    • | サービス -
    • | 雰囲気 -
    • | CP -
    • | 酒・ドリンク - ]
  • 使った金額(1人)
    ¥3,000~¥3,999 ¥1,000~¥1,999

2015/01訪問 2023/01/12

初笑い・ミールス指南。

誰かにサーヴィスしたい、誰かのうれしそうな顔を見るのが好き、
そんな気質の人っていますね、サーヴィス業の人はみんな多かれ少なかれそうですよ。
たとえば、ローマやフィレンツェのリストランテの
サーヴィスマン、サーヴィスウーマンっていいですね、
あの人たちは、いかにもショウビズ感覚でお仕事してらして、
お客さんに対して、レット・ミー・エンタテイン・ユー、っていうポリシーを持っている。
ま、チップがあるせいもあるんでしょうが。
他方、ぼくは日本人ですからもっとおくゆかしいタイプですし、
プロのサーヴィスマンでもなんでもないただの食いしん坊なんですが、
ただし、とくに贔屓のインド料理屋にいて、
どこかのテーブルでなにかに迷ったりまごついたりしてるお客さんがいらっしゃたりすると、
たとえ知らない人であっても、いてもたってもいられなくなって、
ぼくがそばに行って、食べ方はもちろんのこと、
文化的背景からなにからなにまでしゅっしゅーっと説明してあげて、
手取り足取りサーヴィスしたくなる、そういう変な性分があるんです、ぼくには。
しかもぼく、せっかちというか、関西風に言うと「いらち」で、
それでも、じぶんとしては
じぶんのサーヴィスしたい願望をわりあい我慢してるつもりなんですけどね。


いや、順を追ってしゃべりましょ、日記じゃなくてレヴューですからね。
このお話は、スパイスマジックカルカッタ南口店の、サウス・インディアン・ターリ 1550円は、
バランス良くおいしく、とくにミールス入門にぴったりですよ、
今年のぼくは、これをもってインド料理事始になりました。
と、ざっと、まあ、そんな展開なんですが、
ま、ぼくの文章読むのが好きな奇特な人にとっては、ここから先が本文ですよ。


いやね、年明け最初にどこでインド料理を食べるか、これ、大事なことですよ。
さいきんはツイッターなんて便利なもんがあって、
なんどりもケララの風も正月休みが長いらしいぞ、とか、
巣鴨プルジャ・ダイニングは2日夜かららしいぞ、とか、
小岩サンサールは4日からだぞ、なーんて貴重な情報が飛び交っていて。
さて、西葛西はといいますと、
当初はレカが年末・年始も休まず営業のはずだったものの、
年末にヨギさん、レカさん風邪引きで、予定変更、初営業日も未定になって、
ぼくはずいぶんと残念がったものですし、かつまた、
いつもおいしい料理を作ってくれるレカさんが風邪で苦しんでるなんて、ぼくが替わってあげたいくらい。
しかもかててくわえてアムダスラビーはきょう3日(土)のランチタイムビュッフェからの予定で、
おぅ、それじゃあぼくは趣味の接客でたのしませてもらいましょ、と、
ワイシャツに派手なネクタイ締めて、中折れ帽子かぶって、ジャケット着て、
意気揚々とアムダスラビーに向かったものの、
しかし、クックのふたりが風邪引いて、4日(日)のランチタイムビュッフェからに延びてしまった。
オウナーのピライ・マリアッパンくんの悔しそうなこと、
そりゃそうですよ、売り上げ数万円の損失もさることながら、
むしろしゅっしゅーっと調子よく颯爽と、
おいしくたのしい食べ放題ビュッフェでたくさんの贔屓客の笑顔とともに、
年明け営業スタートさせたかったのに、
しかし、なんともぶさいくなゲンの悪い年明けになったこと、かっこ悪いったらない。


ぼくは、お詫びのビラを書いて、看板にはりつけてあげた。
そこへさして、若夫婦が、まだあどけないちっちゃな男の子連れでアムダスラビーに現れた。
訊けば船橋から食べ放題ビュッフェを食べる気まんまんでいらした。
若夫婦は、がっかりしちゃって、肩を落としてる。
そりゃそうですよ、ぼくだってインド料理好きとして、若夫婦の幻滅がいたいほどわかる。
若奥さんがおっしゃる、西葛西でどこかお勧めはありませんか?
ぼくは答える、「あります、あります、スパイスマジックカルカッタ南口店があって、
線路の向こうを左手へまっすぐ・・・」
なーんて言ってるうちに、ぼくはおもわず言った、
「あ、じゃあね、ぼくがご案内しますよ、
ちょうどぼくもね、スパイスマジックカルカッタ南口店のミールスが食べたいなあ、
っておもってた頃なんですよ、こういうのを神様のおはからいって言うんですね、
いやぁ、人生はこういうことがあるからおもしろい、じゃ、ご案内しますよ。」


若夫婦もおもったことでしょう、けったいなおっさんがいたものだ、
それでも半信半疑、ぼくに着いて来てくれます。
ぼくは言う、西葛西駅のね、反対側、南口なんですよ、
鳥たちが群れさえずってますよ、で、その正面がカラオケ館、人間もみんな歌っています。
で、ここを左折して、あとはずーーーーっとまっすぐ。
とかなんとか言いながら、Mister Donut、Royal Host、TUTAYA、
TIMES 21、レンタカー屋、そして信号渡って Mos Burger、
くすりの福太郎、クリニックサカキ、
さて、SPICE MAGIC CULCUTTA とお店の名前の入った布を掲げたバルコニーが目印です、
外階段のエントランスを二階まで上がります。


新春そうそう、やってます、ありがたいじゃありませんか、ねぇ。
ドアの木枠は緑色、なかに入ると白い壁に料理写真が貼られ、
テーブルは木の茶色、椅子のシートは緑色、25席のちいさな街場のインド食堂です。
キッチンはガラス張りで、インド人の料理人がふたり、陽気に働いています。
ぼくは訊ねます、サイトウさんは?
インド人は答えます、サイトウさんはお休みです。
ぼくは言いました、ざんねんだなぁ、いえね、サイトウさんという人がねっからの好人物、
人あたりのいい紳士で、給仕長の鑑、
そのうえ、このサイトウさんはプログレッシヴロックから、ジャズから、現代音楽まで趣味のある人で、
あの、なんどり の稲垣さんと、フランク・ザッパの話をしてもりあがる人ですよ。


ぼくはかなりがっかりしたものの、しかし気をとりなおして、船橋からいらした若夫婦に言います、
「ぼくのおすめは、なんと言っても、
サウス・インディアン・ターリ(南インド盛り合わせ定食)\1550です。
おいしいんですよ、いわゆるミールス、南インドの人たちが毎日食べてるお昼ごはん。
ステンレスのお盆に、ごはん、小鉢(カトリ)が並んで、かわいい花壇みたいなんですよ。
これね、ぜひ、食べてください。」
それにしてもぼくはいったい何者なんでしょうね、
だって、さっきアムダスラビーの店先で会ったばかりだというのに、
この家族は、ぼくの南インド料理講釈を聞かされて。
おふたりもたぶんおもったでしょう、おもわないわけがありません、
(なんかよくわからない展開になってるなあ、かんぜんに巻き込まれてるわ、
この人も悪い人には見えないけれど、いったいなんなんだろう、
しかしいまさらどうにもできないし・・・)おそらくそんな意識の流れがあったでしょう、
それでも言ってくれます、「それじゃあ、それをお願いします。」


さて、10分くらいかかったかしら、(ちゃんと作ってくれてる証拠です)、
ミールスが3つ、届きます。


ぼくは説明します、「こちらの野菜カレーには、ダイコンとニンジンが入っていて、
これがサンバルという名前で、
ま、けんちん汁みたいなもんです。


こっちのコンソメスープのようなものは、ラッサムって言って、
ふわっとシャンサイの香りがあって、
トマトの量も少なめ、綺麗に澄んでいて、
その澄んだスープに穏やかな酸味と、
トンガラシのキックが控えめに効いていて、
ニンニクの小片がイモのようにとろんと煮込まれ、
しかも控えめに黒胡椒が効いています。


こちらは、インゲンの炒め物、
白いココナツフレークがたくさん混じってますね。


まずね、丸盆から、小鉢(カトリ)をぜんぶ外に出しましょ。
そうです、そうです。で、ごはんを残して、
そこにラッサムをかけます、そうですそうです、
お茶漬けみたいな要領でね。
で、サンバルもかける、いいんです、いいんです、混ざっても。


で、このおせんべいみたいなの(パパド)を、
砕いて、ごはんにふりかけます。


あとはもう、この赤いピクルスやら、白いココナツのピュレやら、
もちろんインゲンの炒め物などを、
混ぜたり、軽く捏ねたりしながら、
一匙ごとに、味わいを変化させながら、食べるんです。


あ、そうそう、渦巻きみたいなパンはパロタという名前で、
風船みたいなのが揚げパンのプーリって言います。
インドは小麦粉がおいしくて、イタリアに負けません。
ね、おいしいでしょ。」


奥さんがまたいい人で、「ほんとおいしい、
へぇ、これがラッサム、おいしい、
インゲンの炒め物も、うずまきパンも。」
なんて言ってくれちゃって。


そんなこんなで、さっき出会った同士が、
ミールス食べて、ふしぎな年明けになりました。
3人でお勘定して、にこにこ挨拶して、別れて、
あとでおもいうかんだのが、落語の あくび指南、
江戸末期、浄瑠璃やお茶のおけいこごとが流行ったのを揶揄して、
あくびのお師匠さんが登場する噺。
もちろん人は眠たくなったら自然と あくび をするもので、
お師匠さんもいらなければ、習う人もいない、
いないからこそ落語になるわけですが、
なんだなんだなんなんだ、おれ、あくびのお師匠さんならぬ、
自称ミールスの食べ方指南してるやないか。
(こんなんでいいんかなあ、おれ?)
みんな影で心配してますよ、いいわけないやろ、すこしはじぶんの人生考えなはれ、って。


ぼくと女友達とインド料理、ときどきフランス料理。
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/

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4位

サンサール 小岩店 (小岩 / インド料理、ネパール料理、インドカレー)

1回

  • 夜の点数: 4.5

    • [ 料理・味 5.0
    • | サービス 4.7
    • | 雰囲気 4.0
    • | CP 4.0
    • | 酒・ドリンク 3.5 ]
  • 昼の点数: 4.0

    • [ 料理・味 4.0
    • | サービス 4.0
    • | 雰囲気 4.0
    • | CP 4.0
    • | 酒・ドリンク 3.5 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥4,000~¥4,999 ~¥999

2014/08訪問 2018/03/17

ウルミラさん物語。

おかあさんは台所で泣いた、声を殺して。
その頃ネパールは王様の国で、
ウルミラさんのおとうさんは料理人として、
ビレンドラ王の親族に仕えていました。
ネパールは(法律で明文化されてはいないものの、事実上)一夫多妻制、
王妃には英国女性もフランス女性もいて。
だからウルミラさんのおとうさんは
ネパール料理やインド料理のほかに、
フランス料理やイタリア料理も作ったもの。
ウルミラさんのおとうさんは料理が巧く、
レパートリーは多彩、仕上げはエレガントゆえ、
王様から高給をもらっていて、家族はそれが自慢でした。
なるほど、ウルミラさんのおとうさんは一流の料理人だったけれど、
ひとつだけ弱点があって、それはお酒に弱いこと。
給料日にはお酒を飲んで気が大きくなって、
ついいろんなところでおカネを使ったり、誰かにおカネをあげたりするものだから、
おとうさんはたくさんお給料をもらっているのに、
でも家に入れるおカネはとても少なかった。


カトマンドゥ。
建ち並ぶ煉瓦の家々、信仰が生きていて、まるで南アジアのフィレンツェのよう。
そんな首都カトマンドゥは、カトマンドゥ市、バドガオン市、パタン市で構成されていて、
それらはいずれも8世紀に生まれたマッラ王朝から15世紀末に分裂した、
それぞれの王朝を持つ3つの市で、肩寄せ合って共生しています。
パタンは、またの名を 美の都 Lalitpur ラリトプールと呼ばれ、街そのものが映画のセットのよう。
ウルミラさんの家はそのパタンの、クポンドル  Kupondole にありました。
多くのネパール食堂のインテリアになっている、木彫を施したネパール窓をご存知ではないかしら?
明るく軽い南国の木材に、一枚彫りで、花々、神様、孔雀、アヒルなどが稠密に彫りこまれている、あの窓を。
あの窓もパタン文化のひとつで、その他、かれらは建築にも優れ、立派な寺院を美しく建てもすれば、
はたまたネパールのおじさんがかぶる
(綺麗な模様入りの)船の形の帽子(ダカトピ)に使われる織物(ダカ・ファブリック)でも有名です。
パタンは工芸で名高い古都で、
そしてウルミラさんの一族はネワール族 (Newārs あるいはNewa people)で 、
遠いむかしからカトマンドゥーに暮してきた、ぞっこんの都市民。
ネパールには他に、ラーナ族、チェトリ族をはじめ、
有名な民族だけを数えても十もの民族が暮しています。


コドモ時代のウルミラさんは、近所のコドモたちと石でお手玉をしたり、
ビー玉遊びや、グァイン・ケルネ(ネパール版の、けんけんぱ)をして遊びながら、
自然にネパール語、ネワール語、ヒンディを身に着けてゆきました。
夏に、バグマディ川で泳ぐようになった頃には、弟や妹も生まれていて、
ウルミラさんは、かれらの面倒もよく見たもの。
おとうさんはあいかわらずで、家族のことなどなにも考えてくれません。


ある日ウルミラさんのおかあさんは意を決して食堂を出した、家族を支えてゆくために。
なぜって、いくら高給をもらっていてもおとうさんは頼りにならないから。
椅子席が6つほどの小さな定食屋、つましいけれど心のこもった店のしつらえ、
おかあさんの笑顔と、ごく普通の料理をごちそうにしてしまう、おかあさんの料理で、
いつのまにか街の人たちの人気の店になってゆきました。
カトマンドゥの街は夜明けまえに動き出します。
まだ空は暗くわずかに青いそんな時間に、
神様たちの像の前に、街の人の手でそっと蝋燭の火がともされ、
人は花々を捧げ、香のかおりがただようなか、お祈りをします。
それから街の男たちは、「バウズー!」とウルミラさんのおかあさんの名前を呼び、ドアを叩き、
チヤ(=チャイ)をせがんだ。
街の人たちは入れ替わり立ち替わり、チヤを飲みに立ち寄り、
そしてかれらはお勘定を払い、搾りたての、牛乳を買いに行った。
ちっぽけなお店とはいえ、朝の9時までに、お客さんは何回転もしました。
ウルミラさんのおかあさんは、9時頃、いったん店を閉め、
露天市場に水牛の肉と野菜を買いに行き、
そして店に戻って、仕込みをはじめる。
ランチタイムメニューは、
チョエラ(スパイスとともに茹でた豚肉を、香味野菜とスパイスで和えた冷製)、
カラチ(生の水牛肉の和え物)、
パダム・ラ・バトマス・サンデコ(ピーナッツと大豆のスパイシー炒め)、
アル・カバブ(じゃがいのスパイシー炒め)、
アル・コ・チョップ(じゃがいものコロッケ)。
街の建築職人や、煉瓦職人たち、織物職人たちは、みんな、
ウルミラさんのおかあさんの料理をいっぱい食べて、
汗をいっぱいかいて、また元気に、仕事に戻っていったもの。
ウルミラさんはいまでも街の人たちの声を覚えています、
「アジャ・ケーコ・タルカリ?(きょうのタルカリはなに?)」
ウルミラさんのおかあさんは答えます、「アル・ラ・サーグ!(じゃがいもとほうれんそうのタルカリだよ!)」
「アル・ラ・シーミ!(じゃがいもといんげんのタルカリだよ!)」
ウルミラさんのおかあさんのお店は、街の人のなごやかなサロンでした。
夜は、ネパールの乳白色のお酒チャンや、
ツォエラ(ローストしたチキンをスパイスでマリネした冷製の一品)が人気で、
テイク・アウトもよく売れた。
ウルミラさんは、働くおかあさんの姿を見て育ちました。


ウルミラさんが、バグマディ川に架かる橋を渡って、
はじめてお隣のバングラデシュ市へ行ったのは、
おカネ持ちのジャパニの家庭の住み込みのメイドになったとき。
ウルミラさんの仕事は、ベビーシッティング、すなわち掃除、洗濯、そして料理。
かれらによろこんでもらうため、おっかなびっくり日本料理も教わって、ひとつひとつ作っていった。
ウルミラさんはいまでも、こまかな文字でていねいに和食のレシピをメモした一冊のノートを持っています。
Temaki-zushi、Oyako-donburi、Tempura、なんとTofuの作り方まで!
そう、ウルミラさんがネパール料理に次いで覚えたのは、日本の家庭料理でした。
ジャパニの家族は、ネパールで食べるウルミラさんの日本料理をよろこび、
ウルミラさんを褒めた。ウルミラさんも褒められればうれしい。
こうしてウルミラさんは、まだ少女ながら小さな社会人として、
ささやかな自信を持つようになってゆくとともに、
同時にジャパニに好意も抱くようになってゆきました。


だからその後ウルミラさんが、日本人たちの海外青年協力隊のメイドになって、
ひき続きウルミラさんが日本人たちに料理を作るようになったことも自然なことでした。
なぜって、ウルミラさんは、他のネパール人にはないささやかなスキルを持っていて、
片言の日本語を使え、しかもちゃんと日本人によろこんでもらえる
日本の家庭料理を自分なりに作ることができたから。
髪が黒く、肌は黄色く、眼鏡をかけ、
不思議な言葉をしゃべり、笑顔でおじぎをするジャパニたち。
自分が一所懸命働くと、よろこんで褒めてくれる人たち。
ウルミラさんは、日本人を、好きになっていった。





ウルミラさんが日本へやって来て、
船橋のガンディで8年間、接客をして、おカネをため、
東京の地の果て、JR小岩のはずれにレストラン・サンサールを作ったのは、1999年のこと。
おもえばそれは、(1989年ベルリンの壁が壊され、ソヴィエト連邦が瓦解し、
中国の若者たちによる民主化闘争を中国共産党が阻止した、
そんな国際的な流れのなかで)、二百年以上にわたって王様の国だったネパールにおいても、
1996年、ネパール共産党毛沢東主義派が、反王室・武装闘争をはじめ、
政情が揺らぎ、ネパールが混乱と不安の時代に突入した頃でした。
他方、当時の東京のインドレストラン事情は、
1980年代の少数精鋭時代を作った多くの店が、
しかしバブルが弾けてからセントラルキッチンを導入して質を低下させ、
そうかと言って、00年代後半以降の、
在東京インド人増加によるレストランの群雄割拠時代はまだ訪れない、谷間の時代。
当時はいまとは違って、インド料理屋は山手線の内側の繁華街でしかなかなかうまくゆきませんでした。
しかも当時の在日インド料理人たちのあいだには偏見があって、
わずかな名店は別として、名もない店の多くは、
ジャパニの連中にはタンドリーチキンとバターチキンカレーとナンさえ出しておけば十分で、
チキンは、ブラジル産の1キロ400円、ほうれんそうは中国産の冷凍ものでOK、
カレーに味の素の一振りでもしておけば、みんな大喜びさ、
なーんておもわれていたもの、(ひどい時代があったもの、と言いたいところですが、
実はいまなお多くの店はそんなふうです)。
当時は南インドレストランもほとんど存在せず、
ましてやネパール料理をふるまうレストランは、
1978年に誕生した恵比寿のクンビラただ一軒だけで、
クンビラは、恵比寿という都会的な場所で、
エキゾティックなチベット系ネパール料理をふるまっていて、
いまなお人気店ながら、ただし1990年代には、たいそう魅力的だった。


そんな時代にウルミラさんは、JR小岩駅から徒歩十五分という最果ての地の、
潰れたインドレストランを居抜きで使い、
等級の良い食材を使った上等の料理で、
レストランを回してゆくことへの強い意志をもっていました。
小岩は、錦糸町の親戚みたいなひなびた繁華街の街、
いったいどれだけの人が、上等のインド料理を求めていたでしょう?
ましてやネパール料理はその存在すら誰も知りません。
もちろん周囲の人にとっては、ウルミラさんは、ドン・キホーテに見えたでしょう。
小岩の人たちにとっては、半年もすればまた潰れてしまうだろう、
そんな店がまた性懲りもなく店開きした、ただそれだけのこと。
しかも、サンサールの席数はなんと四十席もあって、
苦戦を強いられたのも当然のことでした。


そんななかひとりの博識にして狂熱的な南アジア料理マニアが、
開店そうそうからサンサールの料理に惚れ込んだ。
客もろくについていないサンサールで、
かれだけは、ただひとり、その店の料理に熱狂した。
かれはサンサールの料理のレヴューをホームページに書きはじめた。
当時世間のインド料理好きと言えば、
せいぜいナンとタンドリーチキンとバターチキンカレー、
サグパニール、キーマカレーがごちそうだというのに、
しかしかれのサイトだけは、
ダルバート、(ダル、タルカリ、そしてアチャール)、
砂肝とレバーの炒めもの、チョエラ、チャオミン(炒麺)、ウォー・・・・。
呪文のような料理名が並び、
それらがいかにもおいしそうに、それらこそがまさに、かけがえのない料理として、
微に入り細を穿つように具体的に、報告されていった。
しかもかれのサンサール食事報告は、
週に何回となく、えんえん書き続けられていった。
なにかのきっかけで、食いしん坊がつい、読んでしまったならば、
なにがなんだかさっぱりわからない世界ながらも、
文章と写真が伝えるその熱気に圧倒され、ここにはなにかがある、
この店にも、そしてこのエントリーを書き続ける男にも、ただならないなにものものかがある、
それはいったいなんなんだ、
と、自分の目で、舌で、確かめずにはいられなくなるのだった。


サンサール黎明期の紆余曲折、
何度となく訪れた存亡の危機については、ここでは語りきれないけれど、
少なくとも料理について言えば、開店2年後に、ほぼ現在のサンサールの世界ができあがった。
インドレストラン料理と、ネパール家庭料理の2系統のメニューが。
インド料理のラインナップは、タンドリーチキン、ナン、各種カレー。
ネパール料理は、まずはダルバート、
すなわちDal-bhat-tarkari、豆のポタージュたるダル、そしてごはん(=バート)、
そして野菜炒めタルカリ(そしてアチャール)で構成されたワン・ディッシュ・プレイト。
そして、砂肝とレヴァーの炒めもの、チリ・チキン、チョエラ、ウォーなどさまざまな一品料理が並ぶ。
もちろん40席に見合う売り上げを安定的に保つことは至難だったものの、
それでも、ウルミラさんの料理の才と、
お客たちを愛する優しい心は、少しづつファンを増やしていった。
なるほど、ウルミラさんは火使いがワイルドで、
スパイスの過熱が的確、香りをなんとも派手に立たせる。
肉料理に奥深いうまみを作る、そのうまみの凝縮の仕方を驚くほど多彩に熟知している。
それでいて味つけには、絵画に喩えるならば味覚の中間色を使いこなすような、上品と優美がある。
どの料理もけっして、トゥー・マッチ・クリーミーでも、オイリーでもなく、質実なおいしさに満ちている。
ダルにいたっては、仕上げにクミンのローストの苦味がかっこよく効かせてあって、なんともすばらしい。
しかもウルミラさんのダルは、その日のイマジネーションで、
黄色いレンズ豆(マスールダル)、ピンクのレンズ豆(=トゥールダル)、
緑豆(=ムング豆)そのほか数々の豆を使い分け、ブレンドし、
またトマトやタマネギの扱いも可変的で、
したがってダルのヴァリエーションがたいそう豊富で、
「ウルミラさんは108種のダルを作る!」とさえ賞賛された。
(もっとも近年はひじょうに優美な定番ダルの出番がほとんどだけれど、
それでもたまにおもいがけないおいしさのめずらしいダルがふるまわれる日もある。
一例を挙げれば、神秘的な深緑色の湖の水が、夢の魔法によって、温められ、
世にも稀なるダルに生まれ変わったかのような、あの、マスコ・ダル!)
また、インド料理は当時もいまもウルミラさんは作らないものの、
ただしウルミラさんの料理人選びは厳しく、そのおいしさ、質の高さは疑いようもない。


けれどもそれと同時にかつてのウルミラさんは弱点をもまた抱えていました。
どういうわけかウルミラさんの料理にはごく稀に、
「あの天才的なウルミラさんが、
なぜに、こんな、寝ぼけたダルを!??」
というような驚くべき事態に遭遇することもあって。
そんなときは、ぼくはウルミラさんに困惑を伝えたもの、
「ウルミラさん、きょうのダル、どうしちゃったの!??」
するとウルミラさんは、
ぼくの飲み残したカトリ(小鉢)をひょいと取って、
味見をして、二秒の沈黙の後、
照れ笑いとともに認めたものだ、
「おいしくない!」





しかしそんな話ももはや遠い昔話です、
小岩サンサールは何度かの経営危機を乗り越え、
厨房のスタッフフォーメーションもしっかりしてきて、
かつてのような、料理のでき・ふできの波もなくなって、
週末はいつもお客さんで満席、平日もわりと賑わう日が増え、
しかもインド系料理マニアからはもちろん、
ごくふつうの食いしん坊や、ご近所さんからも愛され、
コドモから老人まで多彩な客が料理を愉しんでいて。
食べログでは高得点を獲得し、
江戸川区産業賞優良商店の評価まで得て、
それらはネパール人のウルミラさんをどれだけよろこばせたか知れません。


おもえばネパール料理もずいぶんと日本人にしたしまれるようになったもの。
小岩サンサール、千駄木ミルミレ、高輪レッサムフィリリ、
新宿サンサールは、ほぼ同級生で、いずれも十五年にわたって愛されていて、
しかも2010年以降は、
いまどきのカトマンドゥーな店作りとともに魅惑のダルバートをふるまう渋谷 ネパリコ、
ポカラの山岳地方の野太い料理をふるまう巣鴨プルジャ・ダイニング、
港、横浜、関内には、スープ・モモのおいしいエミ・ネパール、
そして2015年は、大久保を中心にどんどん
ネパール食堂が群がるように誕生していて、
とくにナングロガルは堂々たる高みを魅せつけています。


そんななか小岩サンサールは、
一方で、誰にでも愛されるおいしいインド料理をふるまう人気店であり、
他方で、東京のネパールレストランの規範として存在しています。
なぜってサンサールにあっては、
メニューに載っている料理は魅惑の迷宮の入口にすぎず、
その奥には、縦横ずらりと、ネワールNewa cuisine の美味への扉が並んでいます。
なにしろウルミラさんのレパートリーは膨大で、
毎日タルカリの種類が変わるダルバートを何年食べ続けてもけっして飽きることはなく、
おまかせフルコース4000円を何十回食べても、そのたびごとに幸福で、
しかも次回のサンサールでの食事が待ち遠しいほど。
小岩サンサールは、数々のアジア料理を長いあいだ食べ続けて来た人びとが、
最後にたどり着く約束の地。
そしてぼくは胸の奥でそっとつぶやく、


エックダム・ミトチャ、サンサール!


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ぼくの、サンサール新宿店のレヴューは、こちら。
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/rvwdtl/3361010/

『くいしんぼうが料理人を愛するとき。(小岩サンサール黎明期の話。)』
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/diarydtl/105280/ 

とある博識にして狂熱的なインド・ネパール料理マニアの、膨大な、サンサール食事記録。
http://munmun.moo.jp/ifc/san.html
IFC http://munmun.moo.jp/ifc/


ぼくと女友達とインド料理、ときどきフランス料理。
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/


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Indian & Nepali Restaurant Sansar;
the Tokyo's Most Delicious Nepali Restaurant,
Located fifteen minutes from the south exit of JR Koiwa station,


103 New Châtelet, 5-18-16,minami-Koiwa,Edogawa-ku,Tokyo


11:00~14:30
17:30~23:00
No holiday.

TEL 03-5668-3637

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5位

ディップパレス 中目黒店 (中目黒、代官山、池尻大橋 / インド料理、タイ料理、インドカレー)

1回

  • 夜の点数: 3.8

    • [ 料理・味 3.8
    • | サービス 4.0
    • | 雰囲気 4.2
    • | CP 3.9
    • | 酒・ドリンク 3.9 ]
  • 昼の点数: 3.8

    • [ 料理・味 3.8
    • | サービス 4.0
    • | 雰囲気 4.2
    • | CP 3.9
    • | 酒・ドリンク 3.9 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥3,000~¥3,999 ¥1,000~¥1,999

2011/10訪問 2014/08/27

美女は女ではない。

ある夜、

天井の孔雀の羽を集めたような形のライト、
そして吊り下げられた赤や黄のシェイドのランプの下で、
ぼくはさる美女とふたりで、目と目を見つめあって、
限りなく最高に近い魅惑のビリヤーニをいただいた。
彼女はふわふわの髪をしていて、
マスカラを上手に使った睫のカーヴは愛らしく、
その瞳は澄んでいる。
その夜、ぼくがどれほど幸福だったか、言葉に尽くすことができない。
ただし、その夜の幸福には、ぼくにとって、
ひとかけらの悲しみもまた含まれていた。
ぼくはため息をつき、むなしくつぶやいた、
白馬は馬でなく、そして美女は女ではない。





中目黒ディップマハルは、
まるでロンドンのオルドゲイト・イーストあたりにありそうな、
カジュアルにお洒落な空間で、
ばっちりおいしいインド料理をふるまっています、
しかも、北インド料理も、南インド料理も。
同じ通りには、お洒落雑貨屋の Shop detail もあるし、
界隈には、古着屋もいっぱい。
お店は、山手通り沿いにあって、
お店のふんいきも、そんなロケーションに合っていて。


すなわち、中目黒ディップマハルは、
そんじょそこらのインドレストランとはぜんぜん違う、
美女のための本格インドレストランのひとつ。


まずは、ランチタイムセットを紹介しましょう。


レディーズスペシャルターリ ¥990
2種のカレー、ナン、サフランライス、ピクルス、ドリンク。

スペシャルターリ ¥1100
2種のカレー バーベキュー、ナン、サフランライス、ドリンク。


ドーサセット ¥990
マサラドーサ、サンバル、ココナツチャトニ、トマトチャトニ。
マサラドーサとは、南インドを代表する軽食で、
(フランス料理におけるブルターニュガレットに相当するかしら)、
「巨大な葉巻」の形をしていて、皮はパリッと紙のように薄く、
横から見ると、Oの形にロール状になっていて、
内側の中心部に、ダイスカットしたじゃがいものスパイシー炒めが入っているもの。
トマトベースのディップと、ココナツベースのディップをつけて、食べます。


チキンビリヤーニセット ¥1050
本日のカレー、ライタ、ドリンク。
なお、ランチセットのビリヤーニは、
サブジビリヤーニ(=チャーハンビリヤーニ)だそうな。


ビリヤーニ Biryani とは、インドが誇るスパイシー炊き込みごはんで、
東西南北インド全域はもとより周辺諸国でも人気の、晴れの日のごちそう、
敬愛する rumba さん情報によると、このディップマハルの、ランチセットビリヤーニは、
クィッククッキングな、チャーハンビリヤニであるにもかかわらず、
黄色く色づいた米粒と、白い米粒がまだらに仕上げてあって、
とてもおいしそうな。さすがです!
なぜって、まだらだからこそ、食べていて飽きることなく、
最後までおいしいのですから。逆に、もしも米粒が全部均一に黄色かっなたら、
そんなものは、どこにでもある喫茶店のカレーピラフにすぎません。


しかも、そのおいしさには、上には上があって、
ディップマハルのア・ラ・カルトのハイデラバーディチキンビリヤーニ ¥1250は、
注文が入ってから、30分かけて作る本格的なもので、
ダム・ポクト・ビリヤーニ(壺焼きビリヤーニ)と呼ばれ、
半炊きのごはんとカレーを壺に入れ、
壺ごとタンドール釜へ入れて焼き上げるスタイル。
こちらは、ぼくは、さる美女とふたりで、二種、いただきました。


プラウンビリヤーニ ¥1250
ハイデラバーディチキンビリヤーニ ¥1250
いずれも、ライタ(ヨーグルトベースの液体サラダ)つき。
熱々のビリヤーニに、冷たいライタをかけて、温度差を味わいながら、いただきます。





南インドターリ ¥1400も
他店にないスタイルの味わいで、すばらしい、
こちらは、南インドのワンディッシュプレイト、
ステンレスのお盆に、お花畑みたいに、
ポップな色合いのカレー、ごはん、ディップ、パンが並びます。


クザンプは深みを帯びた赤いグレイヴィー、
どろりとしたグレイヴィーのなかには、
茄子とオクラとガーリックとなにか甘酸っぱい果実が入っています。


アビヤルは、純白、バナナ、じゃがいも、白いかぼちゃが入っています。


ラッサムも、澄んでいて赤茶色、しゃばしゃばのグレイヴィーが気持ちオイリーで、
トマトはひかえめ、黒胡椒もひかえめ、シャンサイが入っていて、
なかなか形容しがたいどくとくなもの。


サンバルも、ターメリックカラーの、どろりとほの甘い仕上がり。


パロタは、パンケーキのような仕上がり、かすかに甘い。トマトチャトニとココナツチャトニつき。


バスマティライスは、上手に茹でてあります。


なんともめずらしい味わいの、ポップなミールスで、
スパイスマジックカルカッタ南口店とも、御徒町アーンドラキッチンとも、
中野の南印度ダイニングとも、系列の武蔵新田ポンディバワンとも、
池袋のエーラージとも違う、どくとくな魅力がある。





だが、実はぼくがほんとうにしたい話は、この後なんだ。
そう、ぼくはある美女と、
目と目を見つめあって、
ディップマハルですばらしい香りのビリヤーニをいただいた。
彼女は背が高く、姿勢が良く、
髪の毛はふわふわ、ぼくを見つめる目は茶褐色、瞳は澄んでいる。


ぼくの目を見つめながら、彼女は言った。
スージーさんって、
ほんとは女なんじゃないか、
って、ときどきおもいますよ。
だって、女がおでかけまえに支度するときの気持ちとか、
よくわかってらっしゃるから、
わたしの部屋をのぞかれているのかしらっておもうほど。
それから、ほら、人妻が、しあわせなのに、
ちょっぴり憂鬱を抱えている、そんな気持ちも、
すごく正確にわかってらして。
きっとスージーさんのまわりには、
美人の人妻が多いんでしょうね。


ぼくは言った、あ、ぼくはね、自分も年に二ヶ月くらい
女として過ごしたらたのしいだろうな、
っておもうくらいで、綺麗な女の人が好きなんですよ。
だって、見てるだけで、しあわせだし、
しかも美女はたいてい突拍子もないこと考えたりしてるから、
話していて、おもしろいですから。


彼女は言った、
わたしは美女じゃありませんよ、
二十歳の頃から、わたしには
すっごく綺麗なモデルの女友達がふたりいて、
一緒に街を歩いていても、男たちの視線は、ぜーーーんぶ、
わたしじゃなくて、わたしの両隣のモデルの子にいっちゃって。
そんなことが続く、わたしの気持ちたるや!


ぼくは言った、さすがですね、女友達が多いでしょ、
もちろんそんな言葉がさらりと言えるからこそですよ。
美女はこの世に存在してくれているだけで、ありがたいものだけれど、
とはいえ、女友達のいない美女には、ちょっぴり悲しみの陰があって、
美女友達が何人もいる美女こそ、美女の幸福を味わっているもの、
そう、あなたのように。


彼女は笑った、スージーさん、ほんと、お上手ですね、
わたしね、このあいだ、笑っちゃいましたよ、
スージーさんには気の毒だけど。
ほら、スージーさん、例の人妻に、振られちゃったでしょ、
いつもはあんなに美女あしらいの巧いスージーさんなのに、
しかもスージーさんにとって彼女は、ガーターベルトをつけた観音様なんでしょ、
そんな特別な人に、「友達になろうよ」なんて言って、
あんなことおっしゃるから、スージーさん、振られちゃうんですよ。


ぼくは不意を突かれた、あ、あれ、だめですか?


彼女は言った、だめに決まってるでしょ、
だって、彼女はもっとスージーさんとドキドキしたかったんですよ、
ときめきたかったんですよ、
そんな彼女の気持ちからすれば、
スージーさんに「友達になろうよ」だなんて言われれば、
燃えさかる恋心に水をかけられたようなもの、
一瞬にして幻滅しますよ、あたりまえじゃないですか。


ぼくは言った、あ、そうだったのか、
いま、理解しましたよ、
そっかぁ、ぼくは、なんて愚かなんだろう、
言ってはいけないただひとつの言葉を、
スイスの牧童のようにほがらかに口にしてしまったがために、
かけがえなく愛する美女を失ってしまって。


目の前の美女は微笑んでいる、
しょうがないわねぇ、というように、
ビスケットのかけらをぼくに分け与えるように、
ぼくに憐憫の情をプレゼントしながら。


そしてぼくは目の前の彼女の手に、
自分の手を重ねて、言った、
ぼくは、いま、あなたのお陰で、
あなたたちの種族の持つ真実の一片を学びました。
神の啓示を受ける、とはこういうことかもしれません。


彼女の手は柔らく優しい手だった。


彼女は、重ねた手をそのままに、
かぐわしい花のような微笑みを浮かべてこう言った、
だめよ、わたしに恋しては。


ぼくは訊ねた、どうして?


彼女は言った、だって、わたしも人妻だから。


ぼくは驚いた、あ、ずるい、人妻だなんて一言も言わなかった癖に。


彼女は笑った、わたしはひとりの女。
正確に言えば、「ひとりの女、(人妻)」。
スージーさん、惜しいわね、
せっかくいい感じなのに、
「独身」とか「人妻」とか、あらかじめそんなふうに女を見るなんて。
それに、あなたは人妻は口説かないんでしょ、
ふふふ、あんなバカなこと、言うからよ。


ぼくはため息をついた、
いくつになっても、白馬と美女の気持ちはわからない。
それでもぼくは白馬が好きだ、
それが平凡な旗手のぼくにはけっして乗りこなすことのできない、夢の馬だとしても。
そして、美女。それは、あるひとつの種族であり、
その種族ならではのどくとくの価値観、行動様式、生き方である。
ぼくはいまもおもいだすことができる、
その夜、彼女は、襟元にボアのついた黒い皮ジャンパーを着て、
ブルージーンにブーツを履いて、ぼくの前に颯爽と現れた、
いかにも美女らしく、空を翔ける白い馬のように。


++++++++++++++++++++++++++++++++++

なお、便宜上、昼の点数はランチセットに対して、
夜の点数は、ア・ラ・カルトに対してつけました。
ただし、ランチタイムであっても、ア・ラ・カルトを注文することができます。

なお、この話は、「カウンターの隅の、1979 MICHELIN FRANCE。」
http://www.doom.now.cc/tokyo/A1313/A131305/13047581/dtlrvwlst/3443683/
にはじまり、「スタイルについて」
http://www.doom.now.cc/tokyo/A1301/A130101/13002625/dtlrvwlst/2348136/へ続いています。


ぼくと女友達とインド料理、ときどきフランス料理。
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/

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6位

サリュー (恵比寿、広尾、代官山 / フレンチ)

1回

  • 昼の点数: 4.5

    • [ 料理・味 5.0
    • | サービス 3.5
    • | 雰囲気 3.5
    • | CP 5.0
    • | 酒・ドリンク 3.5 ]
  • 使った金額(1人)
    - ¥5,000~¥5,999

2011/11訪問 2018/03/30

友達になろうよ。

サリューはちいさなレストランで、
ちょっぴりお洒落なかわいい空間で、
おぉ、と感動するおいしい料理を
気軽な値段でふるまっていて、
フランス料理を好きな人ならば
性別年齢、男の趣味、女の趣味にかかわらず、
好きにならずにはいられないんだ、
だって、サリューはなにからなにまですべて素敵なんだもの。
っていう話をぼくはこれからするつもりだけれど、
ごめん、例によってぼくの話は前置きが長くてね、
やたらめったら長いんだよ。





実は例の純情可憐な人妻の話なんだ、
そう、ぼくの誕生日を「ふたりでお祝いしましょ♪」
と言って、ぼくをぬかよろこびさせた後、
当日の午後、「ごめんなさい、やっぱりきょうはあなたに会わない、
だって、きょうあなたに会うと、あなたを好きになりすぎて、
家庭を壊してしまいそうだから」って言って、どたキャンしてくれて、
一瞬にしてぼくを悲しみのどん底に突き落としてくれた、あの人さ。
ま、さいわい、その夜は、近所の素敵なフレンチレストランが、
悲しい中年男のぼくを絶望から救済してくれて、幸福な夜をプレゼントしてくれたけれど。
さて、きのう二週間ぶりに、その彼女が、電話をくれたんだ、
「あの日はごめんなさい、
あなたは、優しく電話を切ってくれたけど、
でも、ほんとは怒ったでしょ。
あれから、わたし、だんだん悲しくなったの、
だって、きっと、あなたの記憶のなかでは、
わたしは、飲んだくれであばずれの、
男心をもてあそぶ人妻になるでしょ、
(ほかの人ならそれでちっともかまわないけど)、
でも、あなたにとってわたしがそうだったら、
わたしは悲しいから。」


ぼくは言った、「そんなふうにはおもってないよ、
きみは泥酔すると、ろれつもまわらなくなって、
ちょっといい男がいると、誰かれかまわずキスをして、大変なことになるけれど、
でも、しらふのときは明るくお茶目でハッピーで、家族を愛し、慈悲深く道徳的な人だって、
ちゃんと額面どおりにおもっているよ。」


彼女は言った、「優しいのね、ありがとう、
あのね、わたし、きょう、あなたに"借り"を返すよ。
お食事しましょ。12時に、ウェスティンホテルへ来て。
フロントの前のカウンターの前にソファがあるから、
待ち合わせはそこね。」


ぼくは驚き、呆れた、
女心のわけのわからなさ、気まぐれ、
気分があまりにチェンジャブルなコケティシュな悪女、
魔性の女、魔性の女と言えば、
ルイス・ブニュエルの遺作映画『欲望のあいまいな対象Cet obscur objet du désir』が描き出すヒロイン、
そしてその原作小説、ピエール・ルイスの・・・・、
いや、もうやめよう、男たちはえんえん同じファンタジーを語って飽きることがない、そしてぼくもまた。
そう、早い話が、ぼくは彼女にあっさり降参して、
シャワーを浴び、糊の効いたシャツを着て、
浅草寺の仲見世で買ったジャクソン・ポロックふうのネクタイを締め、
着なれたボロいジャケットを着て、チノパンツを穿いて、
履き慣れたウィングチップの黒革靴で、恵比寿へ向かった。
(おれってちょっとばかみたい)と、おもいながら。
電車に乗ってから、ヒゲを剃り忘れていたことに気がついた。





恵比寿ガーデンプレイスは、クリスマストゥリーが輝き、
ジョエル・ロブションの向こうに、ウェスティンホテルがある。
大理石、花々、絨毯、シャンデリア・・・
いかにもゴージャスなホテルで、
安物のジャケットに、チノパンのぼくには似合わない。
フロント前のソファに、彼女は座っていた。
髪型はふんわり整い、前髪はワンレングス、
すっきりしたシルエットの黒のニット、
襟のボアから、白地に黒と紫の自由なタッチのプリントのワンピースの襟が、
花のように彼女の首まわりを飾っている。
ぼくは、微笑み、ちょっぴりおどけて、右手を胸にあて、おじぎをした。


彼女は言った、「きょうはわたしがごちそうするね。
お店はあなたが選んで。
一階のテラスでアラカルトもたのしいわよ、
もちろんラ・ターブル・ドゥ・ジョエル・ロブションでも、
ガストロノミー・ロブションでもいいわよ。」


ぼくは言った、「おいしい中華は大好きだけど、
でも、美女とふたりで食べるならだんぜんフレンチさ。
とはいえ、ラ・ターブル・ドゥ・ジョエル・ロブションでは、
おなかがいっぱいにならないし、
そうかといってガストロノミー・ジョエル・ロブションへ行くには、
ぼくのきょうの格好では気が引ける、
そもそもぼくは、あそこへ行くと、
ロッテンマイヤーさんに叱られるハイジをおもいだして、
ホワイトアスパラガスのスープに集中できないんだよ。」


彼女は言った、「じゃ、あなたは、どこがいいの?」


ぼくは言った、「サリューにしようよ、
ぼくは食べに行ったことはないけれど、
サリューがちいさなかわいいレストランで、
料理がおいしいことは、よく知ってるよ。」


そしてぼくらは、ウェスティンホテルを出た。
そしてぼくは気づいた、彼女の皮靴が先がつんと尖った鈍色のピンクのヒールで、
ヒールは8センチはあることに。たぶんプラダだ。
ぼくらはタクシーを拾って、サリューへ向かった。





サリューは、恵比寿と広尾のあいだの明治通り沿いにあって、住所は広尾一丁目。
見るからにかわいいちいさなレストランでね、
路面の壁の窓は、上部が丸く、ガラスには、
雲とトナカイが白いペンキで描いてある、
もうすぐクリスマスだから。
床は、木で、壁は白とクリーム色、
暖色を使った花を描いた油絵がかかっていて、
そのほか大きいキャンバスに描いた絵と、
小さいキャンバスに描いた絵が交互に飾ってあって、
そのコントラストがかわいい。
それぞれのテーブルには、若い恋人同士もいれば、
若い男の友達同士も、マダムたち3人組も、
趣味のいい中年のご夫婦もいらして。


ぼくたちは厨房まえのテーブルに案内された。
アンダークロスが黄色、
その上に純白のクロスがかかっていて。
ぼくはランチメニューを眺める、
おまかせワンコースのなかから、
お客が好みに応じて品数を決める仕様。
ワインリストを見ても、
趣味のある手頃な値段のものを揃えてある印象。
ぼくはエリミナというバスクの赤ワインを選んだ。
バスクは、フランスの果てでありスペインの果て、
ふしぎな言語をしゃべるベレー帽をかぶった人たちが暮らすところで、
情熱の女料理人、エレーヌ・ダローズの故郷。
バスクの赤ワインならば、いかにもこの日のぼくの同伴者にふさわしそうだ。
そしてぼくらは赤い宝石のようなワインで、乾杯した。


さぁ、その日のフルコースを紹介しよう。


1)蟹と里芋とポロネギの、パートフィロ包み焼き。
白菜と柿のサラダ添え。


薄皮に、具材(里芋)を包んで、
大きな葉巻型にして、からっと素揚げしてあります。
春巻きをたとえようもなく優美にリデザインしたようなイメージ。
スリットが入れてあって、イクラがたくさん飾られていて、
そのオレンジ色がラヴリーな演出になっていて。
味わいは、穏やかで清楚、それでいてパートフィロは、
あくまでも薄く薄く、食感はクリスピーで、
食べていて、たのしい。
形はユーモラスで、味わいは優美。
ぼくは、にっこり笑顔で、手で食べたよ。


同皿のサラダは、白菜と、少量のカキの小片を、
ヨーグルトとクリームチーズを混ぜたものにマリネしてあって。
白い白菜が白いドレスをまとって、
そこに柿のオレンジ色が混じって、清楚で、かわいらしい。


2)アナゴの茄子包み、ポルト酒ソースを流して。


アナゴを茄子で巻いて、ローストして、
アナゴのジュをベースに(???)、
甘いポルト酒を煮詰めた昏色のソースが併せてあって、
(これがまたまったりおいしくてね)、
なお、ソースのなかには、茹でたゴボウの小片が、
彩りとアクセントのために混ぜてあって。
アナゴの茄子包みは、
たとえようもなく柔らかくソフトな食感で、
しかもまったり甘いソースと完璧のマッチングでね、
フレンチ好きならば好きにならずにはいられない、
最高の一品なんだ。


3)アマダイのスープ、サフラン風味。
(ふたつのムールと、ブロッコリーのフラン添え。)

白くてふかふかのアマダイが、
サフラン風味の黄色いスープのなかに佇み、
ニンジンやズッキーニのたくさんの小片がカラフルな彩りを添えてあって。
オリーヴグリーンのブロッコリーのフラン(茶碗蒸し)が、
添えてあります。
華やかな黄色いスープは、香り良く、幸福を伝えていて。


4)ウズラと栗とキノコのキャベツ包み。
じゃがいものピュレを敷いて、
ウズラのジュとニンジンのジュのソースを流して。


料理の姿は、円のコンポジションで、
その形はユーモラスで、まるで童話の世界のごちそうみたいなんだよ。
中心はもちろん、ウズラと栗とキノコのキャベツ包み。
ロールキャベツの変奏曲のようなもの。
その下に、じゃがいもの純白のピュレが円形に敷いてあって。
レンズ豆のピュレが上から流してあって。
上に、ちいさなウズラの腿肉のコンフィ。
そしていちばん上に、ローリエが飾られていてね、
(貴婦人の帽子の飾りみたいなんだ)。


柔らかな黄緑色のキャベツにつつまれた拳大のそれを、
ナイフで切って、口に入れ、噛むと、
優しい味わいの暖かな肉汁がじゅわんと口のなかに広がって、すばらしいんだ。
しかも、じゃがいもの純白のピュレと併せるところがまた、
シェフが、美女の心も、フランス料理のセオリーも、深ーくご存知であることがよーくわかる。


5)ショコラのプティポー、
キャラメルクリームと洋梨のコンポート。
ヘイゼルナッツのクッキーを飾って。

この一品は、まったりセクシーで、とてもおいしい。


6)エスプレッソ、ダブルで。


香り良く、上等のエスプレッソでね。


このすばらしいフルコースが、5000円です。
お店の作りから、料理の姿、おいしさ、
愛されるちいさなレストランに必要なものの、すべてがここにあるんだ。





そしてぼくは、しらふのときはお茶目で道徳的で、
泥酔するとキス魔になる、その上、ぼくのことを深くおもいやってくれる、人妻に言った、
「むかしはぼくも、美女をベッドに引きずり込むことに夢中だったよ、
巧くいったら、しめたもの、脳内でファンファーレが鳴り響いたよ。
その頃のぼくにとっては、
乳飲み仔羊よりも、野ウサギよりも、女たちがごちそうだった。
でも、ぼくはもう若くないし、そういうゲームじゃなくて、
もう少し違うゲームの方が楽しいんだよ。」


彼女は言った、「どんなゲーム?」


ぼくは言った、「喩えて言えば、
夏の日の夕方、寄せては返す波とたわむれながら、
波打ち際を歩いてゆくような遊び。
ぼくは泳ぎもしなければ、ましてやサーフィンもしない、
ぼくはただ波打ち際を歩く。
そしておもう、海はいいな、空を映し、風には潮の匂いがして。」


彼女は言った、「それだけでいいの?」


ぼくは言った、「うん、たいていは、ね。
ま、ときにはぼくだって、泳ぎもすれば、
たわむれに海水をコップにすくって、
一杯くらい飲んでみることもあるけれど。」


彼女は笑った、「ほら、やっぱり飲むんじゃない。」


ぼくは続けた、「たまにはね。でも、海をぜんぶ飲み干すなんて不可能でしょ。
そこがいいんだもん。そう、海はいいよ、
だって、誰も海を所有しようなんておもわないもの。
美女も同じでね、ぼくは美女は好きだけど、
美女を所有したいなんておもったことがないよ。
ぼくはおカネ持ちでもないし、
一緒に暮らすと美女への夢も消えちゃいそうだし、
だから、ときどき電話で話したり、こうして会って食事をしたり、
ときには一緒に散歩をしたり、
それでじゅうぶんたのしいんだよ。」


彼女は言った、「あなたって、変わってるね。
好きな女のイメージは、太田光代と木村カエラで、
美女好きを標榜していながら、趣味は、波打ち際の散歩だなんて。
そう言えば、あなた、わたしが酔っ払ってキスしたときも、
髪の毛触ってきたり、あれこれいろんなこと、
しかけてこなかったもんね。」


ぼくは言った、「多少はしたよ。ただし、あれだけ酔っ払ってた癖に、そういうことだけはよく覚えてるね。
だって、ぼくは、人妻を口説くのは趣味じゃないからね。」


彼女は言った、「どうして?」


ぼくは言った、「人妻の気持ちがわかるから。」


彼女は言った、「人妻の気持ちって?」


ぼくは言った、「そんなの、ぼくに訊ねなくたってわかるでしょ、
自分だって人妻なんだから。」
そしてぼくは言った、
「ねぇ、友達になろうよ。
きみが、ぼくの心の奥のちいさな部屋の扉を開けさえしなければ、
ぼくらは、仲良しになれるよ。」


友達ってたのしい、たとえ展開のないドラマでも、
いつまでもだらだらたのしいし、飽きない。
シーツの海も素敵だけれど、
ほんとうの海はシーツよりもいくらか大きい。
そしてそのとき、ぼくは気づいた、「ねぇ、友達になろうよ」
そのせりふを囁くのにもっともふさわしいレストランが、
他でもない、このサリューであることに。


サリューはね、ぼくの好きな低価格おいしいレストランのなかでは、
代官山のラブレーほどファンシーではなく、
かといって目黒のキャス・クルートのようにカフェテリアっぽい空間でなく、
しいて言えば、溜池山王のかえりやまと並ぶステージで、
ただし、もう少し席間が広く、
おしゃれな土地の、ほど良くおしゃれで気軽な空間で、
ひそかに超絶本気料理をふるまっています。
サリューと友達になると、あっというまにレストラン・フレンチと友達になれちゃうよ。


+++++++++++++++++++++++++++++++++

なお、この話は、『カウンターの隅の、1979 MICHELIN FRANCE。』
http://www.doom.now.cc/tokyo/A1313/A131305/13047581/dtlrvwlst/3443683/
の、続編で、『タンゴとコーヒーと人妻。』に続いています。
http://www.doom.now.cc/tokyo/A1310/A131003/13006552/dtlrvwlst/2861496/


ぼくと女友達とインド料理、ときどきフランス料理。
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/

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7位

キャス・クルート (目黒、不動前 / ビストロ)

1回

  • 夜の点数: 4.6

    • [ 料理・味 5.0
    • | サービス 3.5
    • | 雰囲気 3.5
    • | CP 5.0
    • | 酒・ドリンク 3.0 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥6,000~¥7,999 -

2011/02訪問 2016/04/20

好きなお店が増えそうな予感。

知らなかった、中井シェフは独立なさって、
同じく目黒に、ユニック というお店を出されていたのですね。行かなくちゃ。
他方、キャスクルートは歴代良いシェフを選んでいるので、
新しいシェフにも興味しんしん。


_________________________________________________________________________

中井シェフの胸には、バスク出身の炎の女、エレーヌ・ダローズと同じ炎が燃えている。

シェフの修行先がどこかなんて話は話半分に聞くもので、
履歴にどれだけ立派な修行先が並ぶシェフだからといって、
それほど幻惑されたりなんかしないけれど。
とはいえ、アラン・デュカス・ギャングの一群のシェフたちのうちの紅一点、
バスク出身の炎の女シェフ、エレーヌ・ダローズ・シェフのもとで、
二年半、肉料理を担当していた料理人が、
目黒キャス・クルートに着任していると聞けば、
そわそわするのが、フレンチファンの人情ですよ。
(なんだよ、しっかり幻惑されてんじゃん)。


そりゃ、そうですよ、エレーヌ・ダローズといえば、
フランスの西の果て、スペインにほど近い、
険しい山と森、荒れた海に面した土地の、
代々オーベルジュを経営する家に生まれた女。
彼女は、セップ茸、フォア・グラ、生きのいいサーモン、バスクの仔羊とか
パワフルでセクシーな食材に馴染んで育ち、
デュカス・シェフのもとで仕事をした後、
パリの、サンジェルマン・デ・プレの南、
リュクサンブール公園のそばにレストランを開き、
バスクおよびランド地方の食材をもちいて、
女の魂に潜むマッチョな表現力を全開にさせ、
ワイルド&ビューティフルな料理で、
パリの食いしん坊たちを魅了し続けている。


実はね、2008年の1月、
ちょうどダローズ・シェフの厚手の豪華レシピブックが出版されたばかりの頃、
当時、白金高輪にあったラ・バスティード(2005~2008)の、
大谷シェフにお願いして、ぼくは、十人ほどの仲間との食事会のために、
ダローズ・シェフの料理を作っていただいたことがあってね。
大谷シェフは、現タイユヴァンの、アラン・ソリヴェレスの下で働いてらしたことがあって、
ソリヴェレス・シェフは、デュカスのルイ・キャーンスで二番を勤めていた人、
そんなわけで、大谷シェフは、ダローズ・シェフにも敬愛の気持ちをもってらした。
さて、その日、いただいたコースは、以下のとおり。


冷菜オードヴルの、「暖かいホタテのタルタルに、
ヘイゼルナッツ風味の、黒トリュフアイスクリームを乗せて」、


温菜オードヴルの、「ポルチーニの軽い煮込みとポレンタ,
(クリーム状のポレンタのなかにセップ茸のソテー、仔牛のジュのうまみとともに)」


「真鯛のブレゼ、(魚のだしとレモンとトマトによる蒸し煮)
カブとブロッコリー、そしてパンチ穴のようなズッキーニ片をあしらって。」


メインは、「仔羊腿肉のロティ、チョリゾ&ハーブのパウダーをまぶして、
フォン・ド・ヴォーと仔羊のジュのソースとともに」


アヴァン・デセールが、
「バスク地方一味とうがらし風味のプリン。」


デセールが、「ピンクグレープフルーツと
ピスタチオのビスキュイ、ヨーグルトのソルベのアンサンブル」だった。


どの料理も表現が斬新でね、ものすごく魅力的だった。
大谷シェフ、そのせつはありがとうございました!


そんなわけなので、目黒キャス・クルートにダローズ出身のシェフが着任しているよ、と聞いて、
ぼくはもうそわそわしてたまらなかったんだ。
とはいえ、キャス・クルートは、(かつてのラ・バスティード同様)カジュアル・レストランで、
いわゆるグランメゾンとはほど遠く、
したがって、ぼくは期待と不安の入り混じった気持ちで、
ディナータイムの予約電話を入れた。
(キャス・クルートは、ランチタイムには、セットメニューだけだからね)。


さて、キャス・クルートは、目黒にある、かわいいレストラン。
穏やかな黄色でまとめられ、窓枠が深緑色、
短い丈のレースのカーテンがかわいらしい。
テーブルには暖かいふんいきのある手描きのテキスタイルのクロスがかかり、
板ガラスが乗せてあります。
床は、コルク。ちいさな照明をたくさん用いて、柔らかくしたしみのある空間が生まれています。
カフェテリアとレストランの中間くらいの感じです。
したがって、女性がシンデレラになりに行くようなタイプのレストランではないけれど、
とはいえ、清潔でかわいらしい、40席のカジュアルレストランなんだよ。
サーヴィスは、ギャルソンとギャルソンヌ。
ギャルソンヌは、前髪パッツン、ポニーテイルがよく似合っていて、
白いブラウスに黒のパンツ、黒のタブリエで忙しく働いておられます。


メニューは、プリフィックスで、
2940円、3675円、4200円、
あるいはア・ラ・カルトでも選べます。
ぼくはア・ラ・カルトで頼むことに決め、
中井雅明シェフをお呼びして、相談しました。
中井シェフは、もみあげから顎までヒゲをたくわえた、
ちょっぴり哲学的な風貌、優しい笑顔の似合う料理人ながら、
そこはかとなく内面に秘めたパッションが感じられます。





では、報告に移りましょう。


1)冷製オードヴル 鮟鱇の肝のテリーヌ 945円。


いわゆるテリーヌ型ではなく、
ちいさな塊が、切れ目を入れて、盛られています。
まったりしたアンキモのなかに、
一瞬、かすかに複数の味があって、
またたくまにひとつにまとまってゆきます。
副菜は同皿で、ルッコラの仲間セルヴァティカ(英語名ではワイルド・ロケット)と、
カリカリに焼いた薄切りパン。
セルヴァティカは、タンポポの葉にも似て、
かすかな苦味とナッツのような風味があって、
その苦味が、アンキモにアクセントを添えます。


2)冷製オードヴル エゾ鹿のカルパッチョ 945円。

馬肉のようにまったりしたエゾ鹿の切り身の上に、
砕いたナッツが食感のおもしろさを添え、
その上に、緑もあざやかに、さまざまなハーブ
(ディル、セルフィユ、エストラゴン、セージ)が山盛り。
さながら、森ガールの、プチ肉食といった趣。
お洒落で、清楚で、肉感的な一品。


3)リエブル・ア・ラ・ロワイヤル 3360円。


さて、なんといっても超絶絶品は、この一品。
白い皿は、昏色のワインカラーのソースの海で、
そのソースの海のなかに、同じく、
昏色のワインカラーの薄い円筒形の、肉の塊があります。
その脇に、美しいオレンジ色のニンジンのピュレがかっこよさを添えています。
そう、白い皿、大きく広がる昏色のワインカラー、アクセントとしての美しいオレンジ色。
その三色だけが、目に飛び込んできます。
なんと自信たっぷりな堂々とエレガントな光景でしょう。
食べるまえから、すばらしくおいしいことがわかります。
肉の塊は、野ウサギの肉で、豚肉のパテとトリュフとフォアグラを巻いて、
ロティしたもの。ソースは、フォンをベースに、赤ワインと血で繋いだもの。
料理そのものは、それこそアピシウスの故・高橋徳男シェフに象徴される
ヌーヴェルキュイジーヌクラシックな一品ながら、
ただし、料理の見せ方が、なんともクールで、
00年代以降のコンテンポラリー・フレンチの姿をしていて。
中井雅明シェフ32歳の、ただならない才知を感じます。
いやぁ、優美だなぁ、しかも鼻息が荒くなるほど、おいしい。
お店の名前、キャス・クルート(軽食)を裏切る、リッチな満足感♪


副菜は別皿で、茹で野菜のサダラ、
グリーンアスパラ、ヤングコーン、
カリフラワー、ブロッコリー、
オクラ、ほうれんそう。


簡潔ながら、ひじょうにすばらしいコースでした。
中井シェフ、そしてギャルソンヌさん、ありがとうございました!


赤ワイン、カラフェ500ミリ 2100円。
エスプレッソ ダブル 450円。
サーヴィス料5%  390円。
トータル 8190円。





ぼくは、おもいがけず凄いシェフを発見したよろこびで、
それからというもの何人もの友達に、中井シェフの話をしたものだ。
エレーヌ・ダローズの名前を口にするたび、
ぼくの脳裏にピレネーの険しい山が浮かび、
昼なお暗い森のなかをイノシシが駆け抜け、
場面が変わると、パリの真紅の内装のエレガントなメゾンが浮かんだ。
明るく機能的な厨房で、美しく頼もしいダローズ・シェフの下、
ヒゲをたくわえた寡黙なジャポネの青年が、
黙々と肉を捌き、慣れた手つきでオーヴンのダイヤルを回す。
そしてふたたび場面が替わると、目黒のちいさなかわいいレストラン。
カフェテリアまがいのそのお店で、
あろうことか超絶本気料理が、平然と、ふるまわれていて。
いつしかその光景は、ドキュメンタリー映画のように、
ぼくの脳内で動きはじめるのだった。
そうなると、もう再訪したくて、たまらなくなる。
そして6日目、ふたたび予約電話を入れ、ディナーを食べにに伺った。


さぁ、二度めのコースを報告しましょう。


1)スープ・ド・ポワソン 1365円。

これがまたうまいんだ。
赤茶色に輝いていてね、しゃばしゃばでね、
綺麗に澄んでいるにもかかわらず、うまみに深さがあって、
かすかな苦味のシャドウさえゴージャスでね、
味がきらめいているんだよ。
魚のアラのスープを裏ごししたもの。
ブイヤベースから具を取り去ったスープといってもいい。
どこの店でも出すスタンダードな料理で、
それゆえ、シェフの個性が現われる、
魚の選び方、詰め具合、仕上がりのイメージ、
人それぞれだからね。
中井シェフのスープ・ド・ポワソンは、
レストランフレンチの洗練を知り尽くしたシェフが、
あえてビストロ料理な方向で、うまみの深いおいしさを表現していて。
そこがまたかっこいいんだ。
野趣に富んでいながら、それでいて優美なんだ。
舌ビラメ、真鯛、スズキ、カサゴのアラ6キロを、
優しい微笑むような火加減で、ゆっくりと4キロまで煮詰めて、仕上げてあるそうな。
どうりで、うまみが深いわけだねぇ。


2)鱈の白子のムニエル、鱈のブランダードの上に、
焦がしバターソースとともに 2100円。


と、ぼくはついいつものように自分の流儀で、
料理の構成が見えるように料理名を書いちゃうけれど、
実は、キャス・クルートのメニューにはあっさり「白子のムニエル」と書かれていてね。
そこがまた、粋なんですよ。
(たしかに低価格店の料理名は、シンプルに書くのが鉄則です)。


さて、この一品、構成がユーモラスでね。
鱈の白子に粉をつけて焼いたものが、
鱈のほぐし身とじゃがいものコロッケの上に飾ってあるの。
黄金色の焦がしバターソースのなかには、
ペイザンヌにカットされたトマトがたくさん、
ケッパーもたくさん、そしてカリフラワーの純白が清楚です。
美しい。


3)イベリコ豚のポワレ、
ゴボウのフリットとじゃがいものピュレ添え。1680円。

イベリコ豚の肩ロースがロティしてあって、
いやぁ、赤味のおいしさと、光沢のある脂身のうまさが、
グラマラスに一体化している感じ。火入れ、最高!
ソースは、生ハムの骨をオーヴンで焼いて、
ブイヨンで煮詰めたソースだそうな。
ゴボウのフリットの食感と、
じゃがいものピュレのシルキーでエレガントなおいしさ。
シンプルだけれど、完璧なおいしさ。
いやぁ、中井シェフ、なんて堂々とした料理を作る人かしら。


4)ババ・アルマニャックの香り 630円。


この一品も、エレーヌ・ダローズ・シェフのデセールだそうな。
ヴァニラアイスクリームをまんなかに、
両脇にブリオッシュを一片づつあしらって。
サーヴのときに、
ぼくの目の前で、アルマニャックとシロップを割ったものが皿に注がれます。
ふかふかのブリオッシュにアルマニャックが染み込んで、
ひんやり冷えたヴァニラアイスと一緒にいただく。
シンプルながら、食感差、温度差、そして香りの整った大人のデセール。


いやぁ、すばらしいディナーでね、食べ終わった瞬間に、
ぼくはひそかに、また食べに来ることを誓ったよ。





さぁ、そして三度めのディナー、これがまた魅力たっぷりなコースなんだよ。


1)茹でた白アスパラガス2本に、オランデーズソース、
冷たいルビー・グレープフルーツの果肉を添えて。945円。


喩えようもなく優雅な一品、
美しいお嬢さんのような白アスパラガスが二本、
ふっくらジューシーに茹であげられて、
そこに暖かいオランデーズソースがかかっていて、
そのオランデーズソースのなかに、
ジュリエンヌに(=美少女の髪の毛のように細く)カットした、
グレープフルーツの皮がアクセントとして入っていて、
しかもそのなかにひんやり冷たいルビー・グレープフルーツの果肉が複数、
温度差を導入してあるんだよ。
シンプルな構成で、それでいておいしさはグラマラス、
レストラン・フレンチ最高の優雅がここにある。


2)オマールのポワレ、カレー風味のオマールのクリームソース。2100円。


白く上品で稠密な肉質のオマールの裸身が、
軽くカレー粉をはたいて香りのエッジをつけてあって、
甲殻類の赤い殻がシュルレアルな絵になっていて、
ソースは、濃度は薄くともうまみが深く、おいしい、
50ccくらい量があって、うれしい。
ソースの色も優美で、
ヨーロッパの漆喰の家の壁が夕日を浴びているような色で、
そのソースのなかに、グリンピースのさやと、豆が、
黄緑色のアクセントを添えていてね。
フランス料理では伝統的に、
遊び心を表現するときカレー粉を使う、
ごく軽く使うところがセンスの良さでね。
中井シェフの育ちの良さがよくわかる。


3)仔羊の背肉のロティ、鶏のだしと岩海苔のソース。1890円。
副菜別皿で、三種のコロッケを添えて。


仔羊の背肉が二本、しっとりロゼ色に焼き上げられていてね、
見るからに火入れ抜群なんだ、
しかも薄茶色の濃度の薄い鶏のだし(フォン? それともジュ?)の
ソースのなかに、
うにゃうにゃっと岩海苔が混ざっていてね、
お茶目なんだよ、高級なユーモアでしょ、
肉も上等でね、赤身がジューシーなだけじゃなくて、
脂身さえもプラチナに輝いて、おいしいんだよ。
しかも、ソースがなんともユーモラスで、
おれ、この料理、一生忘れないよ。たのしい♪


しかもね、副菜が別皿で三種のコロッケなんだ。
a)豚足のコロッケ。
b)仔羊のブレゼのコロッケ。
c)野ウサギのシヴェ(赤ワイン煮)のコロッケ。
で、上に、緑もあざやかなセルヴァティカ(=ワイルド・ルッコラ)が、
飾られ、料理に上品な苦味を添えているんだよ。


しかもそれらのコロッケが、薄い衣をはたいて、ふにふにな揚げ具合で、
しかも具がまた贅沢でね、野ウサギのシヴェのコロッケなんて、
昏色のワインレッドというか、もはやショコラ色に近く、
うまみの凝縮した貴族的なおいしさでね。


ぼくは確信したよ、
世界で一番ゴージャスなコロッケをこしらえるのは中井シェフだ。
ほんとはね、こういう趣向の料理は、貴族の館みたいな、
それこそ、モナコのルイ・キャーンスのようなレストランで出すと、
ウィットが生きて、超かっこいいんだ。
でもね、ぼくには見える、キャス・クルートの空間の彼方の、
ゴージャスな貴族の館が。
いいえ、褒めどころはけっしてコロッケだけでなく、
中井シェフの料理は、描く世界が大きくて、
どの料理も皿が堂々としていてね、
しかも優美で洗練されていてエレガントなんだ。





いいえ、むしろキャス・クルートにいると、ぼくはおもう、
ほんとうに幸福なディナーには、
レセプションもウェイティングバーもシャンデリアもなくていい。
リモージュのグラスも、クリストフルのナイフも、
キャビアも、黒トリュフも、その他ブランド食材もなくていい。
キャス・クルートの、気軽にくつろげる、かわいい空間、
ギャルソンやギャルソンヌにとっては忙しい、
ふたりのサーヴィスがすべてのテーブルをもてなすのは大変だけれど、
お客にとっては、適度にフレンドリーな接客でもてなされるし、
店が満席のときならば、手をあげて、ギャルソンヌを呼べばいい、
三ツ星系じゃないんだもの、ときにはワインを自分で注いだってかまわない。
だって、これだけすばらしい料理が格安価格でいただけるんだもの。
なにしろ平日ランチは1500円~、
(「12時間煮込んだ豚肩ロースのコンフィ」、おいしそうでしょ。)
土日祝日ランチが2000円~、
しかも、ディナータイムでさえ、コース2940円~に加えて、
ア・ラ・カルトが充実し、しかもすばらしい料理がたくさん潜んでいて。
中井雅明シェフの、スープ・ド・ポワソン 1365円がどれだけ贅沢か、
リエブル・ア・ラ・ロワイヤル 3360円がどれだけゴージャスか。
サーヴィス料はディナータイムのみ、5%。
それはもう、ミシュラン掲載レストランンの5000円フルコースではけっして味わえない贅沢だ、
(なぜって、ミシュラン店は、内装、サーヴィス、カトラリーにおカネがかかりまくっているから、
皮肉なことに、食材にいくらもかけられないからね。)
とはいえ、ふつうはこんなことありえない、
キャフェテリアまがいのちっちゃなかわいいレストランで、平然と、超絶本気料理がふるまわれている。
中井雅明シェフがリードするキャス・クルートは、いま、東京フレンチの常識を覆してるんだ。


おしゃれだってTPOでしょ、
シャネルや、フェンディや、エルメスだけがおしゃれだなんておもっている女は
むしろダサいでしょ、
ほんとにおしゃれな女は、値段に関係なく、
エピリオ・プッチだろうが、JIMMY CHOO だろうが、
MARC JACOBS だろうが、キットソンはもちろん、
はたまた代官山の古着屋ロングビーチだろうが、
シャネルは全体的には嫌いだけど、イヤリングだけはいいわね、
なんて感じで、自分の趣味で好きなアイテムをなんだって選ぶでしょ。
フレンチ大好きなグルメだって同じこと、
帝国ホテルのレ・セゾンから、
広尾アラジン、
駒沢ラ・ターブル・ド・コンマ、
銀座ル・マノワール・ダスティン、
高樹町レフェルヴェソンス、
麻布十番un 十(あんじゅう)、
代官山ラブレー、
目黒・広尾サリュー、
溜池山王、仏蘭西厨房かえりやま、
そしてもちろん(!)目黒キャス・クルート、
その日の気分と目的に応じて、たのしむもの。
そうこなくっちゃ、ねぇ。





キャス・クルートへの道順

JRおよび東京メトロ南北線
目黒駅西口を出て、
駅を背に、権ノ助坂を、(左側の舗道を選び)、
目黒雅叙園の方へ向かって下ってゆく、
どんどん下って、歩道橋の手前(セブンイレブンの手前)を、
左折、なだらかな坂を下って右側、フランス国旗が目印です。


ぼくと女友達とインド料理、ときどきフランス料理。
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/

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8位

スワガット インディアンタパスバー 六本木店 (六本木、六本木一丁目、乃木坂 / インドカレー、バー、インド料理)

1回

  • 夜の点数: 4.3

    • [ 料理・味 4.5
    • | サービス 5.0
    • | 雰囲気 4.3
    • | CP 4.0
    • | 酒・ドリンク - ]
  • 使った金額(1人)
    ¥2,000~¥2,999 -

2013/03訪問 2013/11/07

夜とインド美女とおいしいインド料理。

夜のにぎやかな六本木交差点の、
アマンドの裏手の坂を下り、
郵便局と吉野家のあいだの道の、
駐車場のところで、若い女が携帯電話を夜空に向けていた。
見上げるとビルの彼方に、月が、浮かんでいた。
六本木へ来たのは、パリから来た友達のライヴを聴くためで、
食事のためではなかった。
ライヴのまえになにか食べておこうとおもい、
この店をおもいだした。
来店したことはなかったけれど、おいしいことはわかっていた、
なぜって、ropefish さんが褒めていたから。


店は、TUTAYAの正面の、
ちいさなビルの二階だ。
階段を昇って、扉を開け、ぼくはなかへ入った。
明るすぎず暗すぎない、ほど良い照明、
カウンターがあって、さまざまなリカーが並んでいて、
その奥が厨房で、
シェフコートに身を包んだインド人がふたり働いている。
壁側は一列クッションでシートになっていて、
ちいさなテーブルが並び、椅子が並ぶ。
こぢんまりとした、chic なバ-なんだ。
そしてその chic を決定的にしているのが、
カウンターの向こうの、卵形の顔の、首の長いインド美女だった。


ぼくは息を飲んだ。
彼女の瞳は大きく、たたずまいはしとやかで、
しかも彼女はにこやかに微笑んでくれる、
他ならないこのぼくのために。
ぼくはナマステの挨拶よりも先に、
おもわずつぶやいていた、sundari!
彼女は笑い出し、照れて、両手で顔を隠し、
どこで覚えましたか、その言葉、とぼくに訊ねた。
ぼくは答えた、夢のなかで神様が教えてくれました、
あなたにこの言葉を囁くために。





美女はただ存在してくれるだけでありがたいもの、
しかしだからといって、ドンペリ、ヘネシー、バランタイン、3万円とか、
テーブルチャージが1000円で30分とか、
そういうお店はぼくには用はない。
まさかとはおもうけれど、
もしやタンドリーチキン3000円、
バターチキンカレー3000円、
パパド一枚500円とかだったらどうしよう、
と、ぼくは恐る恐るメニューを開いた。
ところがどうだろう、
これがまたインド料理好きをよろこばせる良い感じの構成で、
しかも値つけも、そんじょそこらの街場のインド料理屋の相場なんだ、
こんなことがあっていいのだろうか。
ぼくは目移りする素敵なメニューを詩のように味わいながら読み、
熟慮の結果、以下の料理を選んだ。


1)ハラバラ・ケバブ。¥850
2)カダイチキン(カレー)。¥1280
3)カンダ・ポリ(ムンバイの炊き込みごはん)。¥500


そしてぼくは、目の前のスンダリ(美女)に話しかけた、
My name is Julius Suzzy.May I have your name ?
彼女は答えた、My name is Mukta.
ぼくは訊ねた、Mukta,where are you from?
彼女は答えた、I'm from Delhi.
ぼくは言った、Oh sundari,you are from Delhi,
Delhi is comfused city,
from beautiful Indian gate to messy Chandni Chowk.
and there are many historical monuments.


ムクタさんは微笑み、ぼくは続ける。


Anyway,I was very shocked
because Indian people drive a car like crazy,
I could not forget about fear of India's road,
but Indians are the genius of crossing a road.


ムクタさんの唇のあいだで白い歯列が輝く、
あなた、よくご存知ね、というふうに。
それから、ぼくとムクタさんは、インドについていろんなおしゃべりをした。
ムクタさんは、いわゆる綺麗な英語をしゃべる、
彼女の口のなかの彼女の舌は、まるでバレリーナで、
彼女が中産階級のお嬢さんであることがよくわかる。
対照的に、ひそかに世間で有名な、インド人英語は、
「スタルバックス」とか「サルヴィス」とか、「ワン・ハンドレット・パルセント・OK」というふうに、
きょくたんなまでに舌を巻いて、 r を発音する、
ただし、ああいうユーモラスな英語をしゃべるのは、ワーキングクラスの連中だけである。


そうこうしているうちに、ハラバラ・ケバブが届く。
挽肉の乾いた小さな丸いケーキというか、
あるいはハンバーグの親戚みたいなもの、
緑色の美しいミントチャトニ(ディップ)をつけて食べる。
ハラバラ・ケバブと言えば、若かった頃、
銀座のナイルレストランでよく食べた。
しかし、このスワガット・インディアン・タパス・バーの、
ハラバラ・ケバブは、だんぜんエレガントだ。
いくらかスモール・ポーションで、そこがいくらかバーらしい。


おいしい! ぼくはつぶやく、very elegant,svādista!


ムクタさんは満足そうに微笑み、ぼくに訊ねた、
日本の料理は、なにがありますか? 鮨とラーメンだけですか?
ぼくは答えた、Well,Indian eat Indian thali or Indian meels,
we eat Japanese thali,it's a home made food,
not restaurant food.
I tell you Japanese thali's composition.
First of all, rice bresse, miso soup, Japanese pickle,
It is the Trinity of Japanese thali.
and grilled fish with Daikon radish chatni,
and some kind of boiled vegitable dish.
That'all.


いつのまにかぼくは、日本料理の親善大使になっていた、
ムクタさんは、微笑みながら、ぼくの話を聞いてくれる。
それにしても、どうして男は目の前に美女がいると、
なんでもかんでも教えたがるのだろう、
バカだなぁ、と自分でもおもう。
しかも、美女がまた、男の教え好き心をよーくご存知なのだ、
女が男を夢中にさせるのはたやすい、
もしも女がほんとうのことさえ言わなければ。


そんなことをおもっていると、
カンダ・ポリと
カダイチキン(カレー)が届いた。


カンダ・ポリは、イエロウライスの豪華版、
グリンピース、トマト、ピーナッツ、マスタードシードが混ざっている。
かわいく、おいしい。上品な仕上げだ。


カダイチキンは、トマトベースに、
チリペッパーを効かせたピリッとホットなカレーで、
そのグレイヴィーは美しく、艶やかで、えびとピーマンが入っている。
味わいのバランスに気品がある。
ただし、食べているうちに顔から汗が噴き出して、恥ずかしい。
もしもぼくが美女だったなら、
ファンデーションが崩れていただろう。


ムクタさんは、そんなぼくに、
ラスグラ(ミルクで作ったスウィーツ)を一つサーヴィスしてくれた。
小さな純白のボールは清楚で気品がある、
ぼくは幸福を感じた。


それからぼくは、ムクタさんに話した、
ムンバイの美しいビーチで、インド人たちが、
大人も、コドモも、みんなして波打ち際に並んで、
寄せては返す波とたわむれ、それはいかにも楽しそうで、
でも、誰ひとり泳がなかった、そんな光景の驚きを。


すると、ムクタさんは微笑んで言った、
インド人も水泳しますよ。
ぼくは言った、ほんとに?
すると、キッチンのインド人が顔を出して答えた、
わたしはスウィミングします!


たのしい時間はまたたくまに過ぎ、
ぼくは、ライヴの開演時間が近づいていることに気づいた、
あわてて会計を済ませた、テーブルチャージも0円である。
ほとんど女神ラクシュミーのご加護を感じながら、
ぼくは言った、svādista! 
Shukriyaa,sundari Mukta.See you soon.
そしてぼくは、ムクタさんの微笑に見送られながら、夜の六本木へ出た。


灯りにあふれたにぎやかな繁華街を急ぎながらぼくは気づいた、
せっかくムクタさんがサーヴィスしてくれた、
純白のラスグラを食べ忘れていたことに。
ぼくはムクタさんに詫びた、
ぼくの心のなかでいまなおラスグラは輝いている、
ムクタさんの微笑と溶け合うように。


ぼくと女友達とインド料理、ときどきフランス料理。
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9位

ミルミレ (千駄木、東大前、本駒込 / ネパール料理、カレー、バー)

1回

  • 夜の点数: 4.0

    • [ 料理・味 4.0
    • | サービス 4.0
    • | 雰囲気 4.0
    • | CP 4.0
    • | 酒・ドリンク 4.0 ]
  • 使った金額(1人)
    - -

2011/10訪問 2019/04/07

わが友、孤独な男たち、われわれの人生に必要なものはなんだろう?

ミルミレは、東京メトロ千駄木駅から3分、
かわいい空間のちいさなネパールカウンターバーで、
ネパール美女、インジュナさんが、
おいしいネパール家庭料理をふるまってくれます。
とりわけネパール小籠包モモがおいしい、
(モモがおいしいのみならず、ディップがまたおいしい)。
クワティ(12種の豆のスープ)がなんとも体を優しく温めてくれる。
インジュナさんの料理は、
東京のネパールレストランベスト5には入る、おいしさ。
もちろんお酒も各種揃っていて。
と同時に、ランチタイムは、
インド&ネパールレストランとして営業しています。





秋は恐ろしいよ、だって東京は5時まえにもう夜だもの。
いや、そりゃあぼくだって、
その夜、美女とふたりでレストランへ行く予定でも入っていれば、
「待ってたよ、遅かったじゃないか」なんちゃって、
夜の肩を叩き、夜にしたしく語りかけもするだろう。
しかし、もちろん人生にそんな夜ばかりがあるはずもない。
いくらぼくがひとりで食事をするのに慣れているとはいえ、
それどころか、「スージーさんみたいにたのしそうにひとりで食事をするお客さんは見たことありませんよ」
と某店のサーヴィスに呆れられさえする人間だとはいえ、
そんなぼくだって、ときには、ひとりで過ごす夜を、恐ろしいとおもうときがあるよ。


しかも、あなたも薄々お察しのとおり最近のぼくは、ちょっと変だ。
ぼくはおもう、卵形の顔の首の長い美女と、
ゴングルへ行ったら素敵だろうな、
それとも、さいきんインド料理と出会ったあの美女と一緒に、
ディップマハルへ行ったらさぞかしたのしいだろうな、なーんて。
じゃ、そうおもうなら彼女たちを誘えばいいものを、
どういうわけだか誘いもせずに、
で、なにをやっているかとおもえば、
純情可憐でおもいやりに満ち、とかく泥酔がちな人妻の、気まぐれなぼくへの愛情に翻弄されたりしている、
(なるほど、そこにはなんとも形容しがたい甘く苦い惑いがあるとはいえ、
これ以上、進めてはまずいだろ、と自分でもおもう)。


その上、ぼくはこの夏からというもの、
例の「半モテ美女」からもちかけられる、恋愛相談に電話で答えてあげたりしてるんだ。
そう、ぼくは、すでに失恋してしまった彼女に、
次回はけっして失敗しないように、男の扱いを教えてあげるんだよ、
ぼくは言う、「いいかい、きみは、恋愛のプレイヤーとして、基本のフォームができてない、
基本のフォームっていうのはね、
こうして欲しい、ああして欲しいと、要求をつきつけるばかりじゃなくて、
他方で、相手の発するどんなサインも見逃さず、この男の人はいったいどんな夢を女に対して持ってるんだろう、
どんなことを言って、どんなことをしてあげれば、この男の人はよろこぶだろう、
どんなファッションで、どんなふうにふるまう女が好きなんだろう、って、
つねに注意深く相手のツボを探し、そして答えを出しながら、相手のよろこぶ相手好みの女を入念に演じてあげること、
すなわち相手と自分のあいだに、好意とおもいやりとたのしみの give & take の循環を作り出すこと、
これがいちばん大事なんだよ、なーんてね。


とうめんの目標は、半モテ美女を愛し愛される美女に教育すること。
これはぼくにとって、なかなかたのしみなタスクではある。
とはいえ、そんなことをたのしんでいていいのか、
と、自分を戒める、もうひとりのぼくもまたいる。ま、当然ですよね。
いや、もっと言えば、ときに自虐的な気持ちにさえなる、
なーにが、『ぼくと女友達とインド料理、ときどきフランス料理』だ、
なんのことはない、自分だって「女友達が半ダースいる、
明るく孤独な半モテ中年男」ではないか。
いや、自分を苛めるのはよそう、
きっとそうなんだ、人は誰しもみんな、多少なりとも、
愛については失敗を運命づけられてるのではないかしら。





夜の暗い路地の奥に、オレンジ色の明かりが見える、
ぼくはいそいそと歩いてゆく。
扉を開けて中へ入ると、カウンターの向こうからインジュナさんが声をかける、
「きょうはひとり? ちょっと待ってくださいね、
いま、ナンの生地作ってますから。すぐ終わります。」
ぼくは言う、「どうぞ、ごゆっくり。
次の予定もないし、ゆっくりメニューを眺めてますから。」


カウンター7席に、テーブル席が、入口と奥にひとつづつ。
お店のなかには古い箪笥、天井には趣味のある明り、
ガラスケースのなかには、キラキラのネパールバングル、
壁にはちいさな人形たち。天井にはシタールが飾られ、
柔らかい、優しい空間になっていて。


カウンターの奥でインジュナさんは、
大きなガラスボウルから、
しっかり捏ねた大きな白い、柔らかい粘土のようなドウを両手で取り出し、
器に入れる、手馴れた動きが美しい、彼女自身もまた。
ぼくは言う、「凄いねぇ、あなたのようなスンダル(美しい)レイディーが、
その美しい手で、タンドリー釜を扱うなんて。」
インジュナさんは笑う、美しい馬のようにおおらかな笑いを。


ぼくは、注文した、
赤ワインの小瓶と、
クワティ Kwati (ふつうは9種の豆のスープのことながら、
ミルミレでは、さらに贅沢に12種の豆のスープです)¥850
マトンチョエラ ¥800
いずれもネパールの家庭料理である。


やがてクワティがサーヴされる。
まえにも食べたことがあるのでおいしいことはわかってる、
マスール豆、ひよこ豆、いんげん豆・・・
12種の豆が、それぞれの豆の個性を生かしながら、
穏やかで優しい味わいをかもしだしていて、
それでいてさまざまな豆のうまみが溶け合いながらゆたかな奥行を作り出していて、
ぼくはつぶやく、おいしい、おいしいなぁ、すごくおいしい。


インジュナさんは言う、「ほんとはクワティは、夏のはじめに
一日かけて作って、飲むんです。
七月の暑い季節に飲む、熱いスープ。
ロティをちぎって、中に入れて。すいとんみたいにして。
でも、うちでは一年中、出してる。おいしいから。」


ぼくはインジュナさんに言う、「クワティ作るのって、
時間かかるでしょ?」


インジュナさんは言う、「まえの晩に豆を水に浸して、
4時間、煮ます、ただ火にかけてるだけだからね。
わたし、圧力鍋、嫌いなんです。
圧力鍋使っちゃうと、火の入り方が変わっちゃって、
おいしくない。
だから、わたしは普通の鍋で、煮ます。
ネパールでも、いまはみんな圧力鍋使ってるけど。」


ぼくは言う、「いまは、手頃に小さい圧力鍋がいっぱい売ってますもんね。」


インジュナさんは言う、「わたしはカトマンドゥー育ちだから都会の子で、
田舎の人の苦労はわからないけれど、
それでもカトマンドゥーでも、わたしがコドモだった頃は、
けっこう大変だったよ、
ごはん炊くのだってね、買った木を、一回、干してね。
その頃のキッチンはかまどなのよ、
土でできていて、穴が3つとか掘ってあって、
そこはいまのレンジと一緒、
まず、米の皮を入れて、木を入れて。
布に油をつけて、マッチで火をつけて、燃やして。
それをかまどの穴の底に落として。
火吹き竹でぶーぶー吹いて、
煙がわっと出て、こっちは涙が出るんだけど、
でも、火はすぐ消えちゃうのよ。
木の入れ方が難しいの。コツがあるんでしょうね。
わたし、いまでもわからない。」


ぼくは言う、「むかしの日本と一緒ですね。」


インジュナさんは続ける、「ネパールは、赤土が良いの。
その赤土で煉瓦を焼いて、家を作って、床も、キッチンも土でしょ。
掃除が大変なのよ。ほっておくと土だから泥だらけになっちゃうでしょ、
だから毎週一回、牛の糞と赤土と水を混ぜて、綺麗に床を磨いて、
床をコートするのよ。いまはもう、そんな家ないけどね、
もしもそんな家があったら、わたし、写真撮っとくよ。」


ぼくは言う、「日本もね、むかしは"へっつい"っていって、
かまどが各家にあったもの、
流しがあって、包丁、まな板、桶があって、
脇には井戸から汲んだ水を溜める水瓶が置いてあって。
棚には、ざる、すり鉢、すりこ木、味噌こし、
壺のなかには、味噌、醤油、塩。
おかあさんやおばあさん、娘たちは、脇に座って、
おしゃべりしながら、すり鉢あたったり、野菜を切ったり、料理してた。
でも、へっついは危ないし、面倒くさいからって、
みんな1960年代にやめちゃって、
欧米風の、立って使うキッチンに変わっちゃった。
それと同時に、家庭からすり鉢が消えちゃった。
だって、すり鉢って、座って使うものだからね。」


インジュナさんは言う、「わたしたちだって、
むかしはウォーを作るとき、
ウーラッドダル(=ウーラット豆)を、手でゴリゴリやって挽いたのよ。
その方がおいしい。いまは、うち、
ミキサーで挽いてるけどね。
最初から挽いてあるのを使うより、ずっとおいしい。」





マトンチョエラがサーヴされる。
チョエラとは、肉を煮るなり蒸すなりローストするなりして、
その後、生姜、ターメリック、レモン汁、メティなどで
2時間ほどマリネする調理法。
これがまた上品なチョエラなんだ、
肉は柔らかく、スパイスは効いていて、
生姜も控えめ、むしろレモン汁が、
清楚に肉のうまみを明るくさせていて。
ぼくは言う、「上品なマトンチョエラ!
おいしい! 都会っぽい、お洒落なおいしさ!」


インジュナさんは言う、
「わたしの家はオフィスがいっぱいあるところ、
家も田舎の人みたいに大きくなくて、狭い。
お父さんは、ネパールの古典音楽の歌手で、
大学の先生をやってたんですよ、
わたしもシタールをやっていて、
大学の先生になりたかった。
わたしのおにいさんは絵描きです。
でも、わたしは結婚して、
だんなさんが日本語学校の先生だったから、
ネパールで旅行代理店をやったりしたんだけれど、
なかなかうまくいかなくて、
それで日本に来て、お店を開いたんですよ。
最初は、12年も続けるなんておもわなかった。」


ぼくは言った、「もう一品、なにか作ってください。」
インジュナさんは言った、「じゃ、ウォー、作りましょうか。」


そして作ってもらったウォーは、
円形に薄く焼いた平焼き卵の上に、
円形に薄く焼いた豆のトマトソースを焼いて、二層にしたもの。
へぇ、ウォーと一口に言っても、
店ごとに個性があるんだなぁ、
ミルミレのウォーは、
いかにもミルミレらしく、かわいくおいしいウォーだ。


最後にチャイを飲みながら、ぼくは言った、
「日本もね、1970年から時代が変わって、
マクドナルドとファミレスがいっぱいできて、
コドモたちのごちそうは、和食じゃなくなっちゃって、
ハンバーガーに、ハンバーグ、ドリア、スパゲッティになっちゃった。
もちろんぼくもその世代だけれど。」


インジュナさんは言った、
「2、3年まえかな、カトマンドゥーのダルバール・マルグ(王宮通り)にも
ケンタッキーフライドチキンができて、
けっこう値段も高いのに、みんな、行列して買ったらしいよ。
ああいうの食べるようになったら、
もうアチャールなんて食べなくなっちゃうよね。」


ぼくは言った、「あぁ、たしかにムラ・コ・アチャールなんて、
食べなくなるだろうなぁ。おいしいのにね。この道は、いつか来た道だなぁ。
(ムラ・コ・アチャールは、大根を拍子木切りして、塩、レモン汁、黒ゴマ、
クミンパウダー、コリアンダーパウダー、チリパウダーに30分ほどマリネしたもの。
なぜか、糠漬けに似たひなびた味わいがあります)。」


するとインジュナさんは言った、
「カトマンドゥーには、日本料理屋さんが二軒あって、
タムラとフジ、おカネ持ちはよく行くんですよ。
もう40年くらいまえからあるかな。」


ぼくは言った、「へぇ・・・知らなかった。」
都会なんだなぁ、カトマンドゥーって。
そしてぼくはおもった、ネパールに生きる、日本人の職人の姿を。


おしゃべりしているうちに、あっというまに時間はすぎた、
新しいお客さんも来店したことだし、ぼくはお勘定をお願いした。
インジュナさんは言った、「いっぱい話しましたね。」
ぼくは言った、「次は、ミルミレチキンカレーを食べに来ますね。」





そしてその1カ月後のゆうべ、ぼくは、ミルミレへ伺い、
泡盛のロックを飲み、ネパール小籠包のモモと、ミルミレチキンカレーを食べた。


モモは、鶏肉と豚肉の合挽きで、皮はもちもち、
インジュナさんの特製のディップがつく。
これがね、チリソースなんてヘボいものじゃないし、
はたまたゴルベラ・コ・アチャールでもなく、
オレンジ色のディップで、穏やかで上品な辛味と酸っぱみがあってね。


ミルミレチキンカレーは、
茶色いさらさらのグレイヴィーのなかにタマネギもすべて溶け、
チキンは微笑んでいる。ネパールカレー好きにはもちろん、
日本のカレー好きにも愛される、魅力的な一品だ。


そしてぼくはおもう、
孤独な男たちにとって人生に必要なもの、
それはおいしい料理をふるまってくれる、美女のいるバーなんだ。


+++++++++++++++++++++


ミルミレへの道順:

東京メトロ千駄木駅から3分、
団子坂下出口から地上に上がって、
不忍通りを上野に向って2ブロック進む、
モスバーガーの先を右に折れると、
路地の奥に、ミルミレの看板が見えます。

11:30~15:00(L.O.14:30) 17:30~24:00(L.O.23:30)

Saturday &Sunday 11:30~24:00(L.O.23:30)

土日は、休憩なしの通し営業、
土日は、電話予約をお勧めします。

TEL 03-3824-1418


ぼくと女友達とインド料理、ときどきフランス料理。
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/rvwdtl/2283242/

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10位

テイスティアジアンキッチン (西葛西 / インド料理、タイ料理、ベトナム料理)

1回

  • 夜の点数: 3.6

    • [ 料理・味 3.6
    • | サービス 3.0
    • | 雰囲気 3.5
    • | CP 4.0
    • | 酒・ドリンク 3.0 ]
  • 昼の点数: 3.4

    • [ 料理・味 3.4
    • | サービス 3.0
    • | 雰囲気 3.5
    • | CP 5.0
    • | 酒・ドリンク 3.0 ]
  • 使った金額(1人)
    ¥2,000~¥2,999 ~¥999

2011/10訪問 2014/06/02

5月末で閉店しました、6月10日あたりから別のスタッフによるリニューアルが予定されています。

新しい、オウナー料理人は、
BASANT (バサント)さん、
ネパールのチトワン出身、
ただしインドのムンバイで25年暮らした料理人、
新店情報がわかり次第、おしらせします。
(2014年6月2日)


===================================================


ネパール人、カレル・シェフの描く、アジア的ごちそうの楽園。


チトワン Chitwan。
霧のなかの大河を、小舟に乗って、
夢見がちな観光客たちがわたってゆく、
舟尾に立った舟人が一本の竿で漕ぐ、緩い速度で。
その河にはワニも暮している。
もちろんかれらはジープを飛ばし、自然公園を愉しむだろう。
象はもちろんのこと、ベンガルトラや、
ツノが一本のサイ、カモシカ、ハイエナ、ニシキヘビなど、
さまざまな動物が暮している。
では、その地に生まれ育った人たちにとって、
その地は、いったいどんな場所だろう?
モンスーンのつづく涼しく物憂い夏の日に、
人はいったいどんな夢を見るだろう?


壁にはネパール各地の観光ポスターが貼ってあります。
お釈迦さまの生地ルンビニ Lumbini にある、ドイツ人仏教徒が建てた German Temple。
マッラ王朝の血を引く古都、Bhaktapur バクタプル。
同じく、マッラ王朝の系譜、カトマンドゥの古都パタン、またの名を、美の都 Lalitpur ラリトプール。
バクマティ川沿いにある寺院、シヴァを祀る、Pashpatinath パシュパティナート。
丘の上にある仏教寺院 Swombhunath スワヤンブナート。
それでいてメニューの中心はインド料理で、
そこにネパール、ヴェトナム、タイ、インドネシア料理が
ほどよく散りばめられています。


最近こういうメニューの描き方はよくある傾向ではあって、
ぼくは多くのこのテの店にはそれほど関心を寄せない癖に、
なぜか、この、テイスティアジアンキッチンは、なにか気になるものがある。
このもやもやをどう語ったらいいだろう?
(その後ぼくは、自分の無意識がなぜこの店に引きつけられるのか、
おもいがけない答えを得ることになるのだけれど、
その話は、最後に取っておこう。)


東京メトロ東西線 西葛西のはずれ、
無料のちいさな動物園のある行船公園のそばに、そのお店はあって、
7卓13席。入口はガラス扉、入ってすぐのところにレジスター、
観葉植物の鉢がふたつ、天井からはランプシェイドが下がっていて、
お店の色は、食卓や床の茶色と、
クッションの緑、広い壁の白で構成されています。


ランチタイムメニューは、

カレー1種にナンもしくはイエローライス¥600。
カレー一種にスープ、小ライス、¥850
カレー2種にガーリックチキン、ナン、スープ、
シシカバブ、小ライス、デザート¥980


選べるカレーは9種類、
野菜、キーマ、マトン、チキン、えび、魚貝、ほうれんそう、
グリーンカレー、そして本日のカレー。


標準的なおいしさで、良心的だとおもう。
ただし、これはけっしてこちらのお店だけでなく、
多くのネパール人経営のインド料理店に言えることとして、
ミントチャトニ&レッドチリチャトニ(いずれもディップ)を、
添えればいいのに、添えないんだ。
あれがあるだけで、ぐっと全体がインド料理らしい構成になるのに、
もったいない。


その他、フォー ¥550
トム・ヤム・フォー ¥700
ナシゴレン ¥900
キッズセット ¥550


ラッシー、チャイ、コーヒーを選べます。
いずれもレヴェル高く、とくにコーヒーはトラジャを香り良く綺麗に淹れてあります。


おもいがけずすばらしいのが、タイ料理のトム・ヤム・フォーで、
けっして駅ビルやショッピングモールのタイ料理屋にありがちな、へなちょこなそれではなく、
むしろ、かなり本気のトム・ヤム・フォーなんだ。
辛みの効いた、うまみの奥行感のあるエビ風味のチキンスープのなかに、エビが数尾、
竹みたいなレモングラスも一片、バイマックルー(コブミカンの葉)、
カー(ゴボウみたいなショウガ)も効いている。
別添えで、オニオンスライスとレモンが一片。
このレモンを絞ると、オレンジをおもわせる、明るい陽射の華やかさが生まれる。
スープのなかで温まった米粉の麺が、人懐こい。


なお、ひじょうにうれしいことには、
ランチタイムであってなお、
ア・ラ・カルトを注文することもできます!
セット+ア・ラ・カルト1品というような注文もたのしい。


また、11時から午後3時までは、
ランチセットのテイクアウトもやっていて、
¥450~¥600まで揃っています。


ディナータイムは、
選択はふたつあって、クィックメニューとして、
キーマカレーもしくはチキンカレーのセットが¥700、
ふたつのカレーとサラダと飲み物がついたセットが¥900。
インド料理ターリが8種 ¥1050から¥5500まで。


インド料理のア・ラ・カルトは、
アル・ゴビ ¥890 (一般に、じゃがいもとカリフラワーの「炒めものとして」、
ドライに仕上げることの多い一品ながら、ここんちでは、
クリーミーなソース煮に近い仕上げになっています。
千切り生姜が効果的で、ピーマンの小片の多用がいくらかインド中華っぽく、
味つけは、辛味を効かせながらもマイルドな甘さで押さえ込んであります。)
アル・ベイガン ¥890
チャナ・マサラ ¥790
ダル・カレー ¥750
カダイ・チキン ¥1040
カダイ・マトン ¥1080
チキン・ド・ピアザ ¥890
マトン・ド・ピアザ ¥950
エビとほうれんそうのカレー ¥1050


ネパール料理は、
モモ 6p ¥550 (ゴマとトマトと生姜とニンニクの黄土色のアチャール--この場合はつけだれ--がとてもおいしい!
カレル・シェフによると、チトワンではこれをモモ・コ・アチャールと呼ぶそうな。)
チョエラ ¥450
チキンチリ ¥590
砂肝炒め ¥390 (甘辛く濃い醤油味でネパーリ中華に仕上げた一品。)
マトンセクワ ¥700
チキンセクワ ¥580
トゥクパ ¥550
チャウミン ¥600


ヴェトナム料理は、
生春巻 ¥650 (ぷにぷにになったライスペーパーの内側に、
キュウリ、エビ、大葉、チキン、ニラがレタスで巻かれ、
くるまっています。これをスウィートチリソ-スにつけていただきます。)
春雨サラダ ¥590
パパイヤサラダ ¥590
チキンのコーラ煮 ¥550
ヴェトナムふうチャーハン ¥800
焼きフォー ¥900


タイ料理は、トム・ヤム・クン ¥900
レモングラスチキン ¥490 
(トム・ヤム・クンのスープで煮含めたようなチキン。
味つけはやや濃いけれど、ビールのつまみにぴったり)。


インドネシア料理は、
ナシゴレン ¥790


世界のビールも揃っています。
ネパール・アイス、タイのシンハ、ヴェトナムの333(バー・バー・バー)、
インドのキングフィッシャー、シンガポールのタイガー、
メキシコのコロナ、英国のギネス、日本のキリン、アサヒの生。


オウナーで監督役のカレル・シェフは、ネパールのチトワン Chitwan に生まれた。
ネパールの ”heart of the jungle” と呼ばれる場所である。
ネパールは東西に横長い国で、そのちょうどまんなかあたり、
カトマンドゥーから西へ、でこぼこ道をバスで5時間ほど走らせたところにある、
山と丘陵にはさまれた広々とした河沿いのタライ盆地 Trai で、
長いことジャングルで、せいぜい王様の一族が、虎狩りを愉しんだ場所だった。
モンスーン気候で、その上、湿地帯ゆえ、夏にはマラリアが発生し、人々に恐怖をもたらす。
そこで20世紀半ば、マラリア撲滅のため、森は伐採され、かわりに自然公園が作られ、有名になった。
もっとも、いまだにマラリアは撲滅されてはいない。


ネパールで有名な街と言えば、
まずは由緒正しい古都カトマンドゥ、
雪におおわれた峻厳な山と美しい湖のポカラ、
空港のある都市ビラートナガル、
ユネスコ世界遺産のルンビニ、
そしてチトワンは、ナラヤニ Narayani 県 の一部で、
ナラヤニ県のなかには、ネパール第5の都市、バラトプル Bharatpur があって、
コカコーラや、フィリピンビールのサン・ミゲルのネパール支社もある。
余談ながら、チトワンからクルマで4時間ほどでポカラへ行ける。


カレルさんがインド料理のプロになったのは、
インドでもっとも途方もない大都市、デリーのホテルのレストラン、
的確な加熱に習熟し、各種のスパイスの活かし方をマスターした。
インド料理のスペシャリストになったカレル・シェフにとって、
アジアの他の料理の勘所をつかまえるのは早かった。
タイ料理は、ナンプラーとチリソース、
レモングラスとバイマナックルとカー(=ゴボウのような生姜)、
そしてどこの店も使っているトム・ヤム・ミックス・ペーストがあれば、できてしまう、
同様にヴェトナム料理は、ナンプラーとレモンがあれば。
興味深いのは、カレル・シェフのネパール料理で、
自分の国の料理でありながら、おかあさんの料理からはなにも学ばず、
いかにもホテル料理のスペシャリストが作るネパール料理であり、
それならではの華がある。


十年後、かれが仕事先に選んだのは、
東アジアのポストモダン都市、東京。
かれは店でたいそう重宝がられ、
その後かれは独立し、西葛西のはずれに自分の店を持った。
それがこの店、テイスティアジアン・キッチンである。
奥様もまた、チトワン出身、瞳の大きい美女なんだ。


ぼくは、カレル・シェフに民族を尋ねた、
ネワール? チェトリ? マガール?
すると、カレル・シェフは答えた、
わたしは、Bulma! (ブルマ、あるいはビルマ)。


ぼくは、それを知ったとき、(なるほど!)、
と、カレル・シェフのメニューの組み立てに納得したのだった。
なぜって、Bulma族はビルマ系であり、
ビルマと言えば、現代のミャンマー、
インドシナ半島の国ではないか。
ネパールのチトワン生まれチトワン育ちのかれが、
インドのデリーで仕事を覚え、
その後、インドシナ半島の料理を覚えていったことも、
おそらくは自然な関心の動きだったことだろう。


こちらのお店は、開店から長いことカレル・シェフが自らウデをふるっていたものの、
しかし、最近は経営の好調で、現場シェフはパンデさん、そして2番手ゴクル Gokul くんが入った。
ふたりはいずれもチトワン出身のBulma族、肌の色も白い。


もしもインド料理、あるいはネパール料理の店として見れば、
テイスティアジアンキッチンは、「ご近所さんたちの格安人気店」になるだろうし、
また料理についてとくべつに語るような話もない。
むしろテイスティアジアンキッチンは、その世界の描き方に、
北大塚の世界飯店http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/rvwdtl/2273290/に通じるものがあって、
ぼくはそこをいつくしむ。
Nepal とは国の名であり、
その国民は、ネパール人 Nepali であることに先立って、
ネワール、ラーナ、チェトリ、マガル、ブルマ・・・などなどなど
言語も宗教も文化もさまざまな無数の ethnic groups に属している。
どこから見るかによって、見えてくる世界もまた違ってくる。
ぼくはそのことをあらためておもい知る、
ネパールって万華鏡のような国なんだ。


もしもテイスティアジアンキッチンでランチタイムに食事して、
少し時間の余裕があるときは、
食後に、行船公園のなかの自然動物園をのぞいてみるのもたのしいですよ。
象もトラもサイもいないちっちゃな動物園。
それでも、リスザルたちはちっちゃな頭にどがった耳、
ターメリック色の手足、しっぽが長く、俊敏に動き回り、
オオアリクイも機嫌がよければ、ふかふかの毛におおわれた体で、のそのそあらわれ、
クモザルたちはスポーツ選手さながらの動きを見せてくれるはず。
そんな光景の彼方に、チトワンをおもい描くのも、たのしいのではないかしら。


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■テイスティアジアンキッチンへの道順

住所は、西葛西1-12-20

西葛西駅北口から、のんびり歩いて17分。
行船公園の東、船堀街道を挟んだ、はす向かい。
ガソリンスタンドENEOSの対面にある、
棒茅場通り(ぼうしばどおり)路面店です。


歩くのがめんどうな人は、都バスに乗りましょう、
新小21「船堀・新小岩行き」に乗って、ふたつめの宇喜田で下車、前方の角を左折します。
また、新小岩や、船堀にお住まいの人は、
都バス 新小21 「西葛西行き」に乗って、北葛西2丁目で下車、
前方ガソリンスタンドENEOSの対面にお店はあります。


ぼくと女友達とインド料理、ときどきフランス料理。
http://www.doom.now.cc/rvwr/000436613/

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