別に信仰が深い訳やないけど、自分の住んでる場所や仕事場の神社には
必ずお参りするのが俺の習わしや。
何か事があるとき、お参りする。ただし、基本「報告」だけね。
「感謝します」のお礼参りだけ。お願いごとをすることはない。
で、高田馬場の諏訪神社にお参り。ちょっちエエことがあってお礼参りや。
そこにあった東京都神社庁の「命の言葉」。
9月は「敬天愛人」。
詳細は写真を見てもらうことにして、ほんま、こういう人でありたい、と思う。
「天を敬(うやま)い、天が人々を愛するように人を愛する」
西郷氏が生前語った言葉や教訓を記録した手記を遺訓集として編集した
「南洲翁遺訓集」には、この言葉の「実践的な意味」が、いろいろ書かれてる。
第二十一ケ条
道というものは、天地自然の道理であるから、学問の道は『敬天愛人』を目的とし、
自分を修には、己れに克つという事を心がけねばならない。
己れに克つという事の真の目的は「意なし、必なし、固なし、我なし」我がままをしない。
無理押しをしない。
固執しない。
我を通さない。という事だ。
一般的に人は自分に克つ事によって成功し、
自分を愛する(自分本位に考える)事によって失敗するものだ。
よく昔からの歴史上の人物をみるが良い。
事業を始める人が、その事業の七、八割までは大抵良く出来るが、
残りの二、三割を終りまで成しとげる人の少いのは、
始めはよく自分を謹んで事を慎重にするから成功し有名にもなる。
ところが、成功して有名になるに従っていつのまにか自分を愛する心がおこり、
畏れ慎むという精神がゆるんで、おごり高ぶる気分が多くなり、
その成し得た仕事を見て何でも出来るという過信のもとに、まずい仕事をするようになり、
ついに失敗するものである。
これらはすべて自分が招いた結果である。
だから、常に自分にうち克って、人が見ていない時も、聞いていない時も、
自分を慎み戒めることが大事な事だ。
第二十五ケ条
人を相手にしないで、天を相手にするようにせよ。天を相手にして自分の誠をつくし、
人の非をとがめるような事をせず、自分の真心の足らない事を反省せよ。
出典:「敬天愛人」フォーラム21より抜粋
http://www.keiten-aijin.com/俺への戒めの言葉として日記にしておきます。
レビューアーとして「敬食愛店」を忘れないためにも、な。明日、9月24日(月)が命日や。没後130余年となる西郷隆盛。
高田馬場の和菓子屋「青柳」で、おはぎをこうて食べた。
彼を偲ぶ意味を込めて、中国茶を飲みながら、ね。