S町に「永楽」という年配の夫婦が切り盛りしている小さな中華料理屋があった。
カウンターと小上がりの座敷があって、カウンターの中の厨房では、小柄だけれどがっちりとした体格、そのうえに白髪まじりでパンチパーマという厳つい顔のおじさんが、大きな中華鍋を威勢よく振っていた。
その傍らでこれもまた小柄な女将さん、というには一歩も二歩も主人の後を歩くような大人しい、それでいていつもニコニコしているおばさんが、ラーメンの麺を茹でたりしていた。
安くて早くて味も悪くないので、お昼時は近くのサラリーマンやカラダを使うような仕事をしている人たちで賑わっていた。
ぼくは近くの高校に通うようになってはじめてこの「永楽」に行くようになったのだけれど、その当時でもラーメン一杯が500円以上するところが多い中、ここ「永楽」ではラーメンが一杯200円ちょっとくらいで、チャーハンや中華丼でも500円はしなかったし、一番高いメニューでも1000円しなかった。
だからちょっとお金に余裕のあるときは、チャーハンにラーメンをスープ代わりに頼んだりしたこともあった。
ぼくたち同級生の間では、一番高いフラグシップメニューの肉の辛し焼きを食べることがちょっとしたステータスになっていて、ぼくもアルバイトなんかでお金に余裕があるときや、卒業間近の時には肉の辛し焼きを奮発して食べた。
しょうが焼きなどで使う豚のロース肉を一味唐辛子と醤油で炒め、キャベツの千切りの上にのせただけのシンプルな料理なのだが、これが結構病みつきになる味で、当時高校生だったぼくたちには結構なご馳走だった。
お昼休みになるとぼくたちは何人かで連れ立って、堂々と学校の正門を出て「永楽」へ向かうのだった。
制服に上履きのままで・・。
皆でぞろぞろ歩いて数分で「永楽」に到着し、小上がりの座敷に陣取り、カウンターの上に貼り出してある手書きのメニューの中から、好きなメニューを好き勝手に注文した。
殆どのメニューがぼくたち高校生の懐にも優しい、今で言うワンコインで食べられるものばかりで、その中でもぼくたちが普段よく食べたのは、チャーハン、チキンライス、中華丼、焼きそばあたりだった。
数分も待てば次々と料理が出来上がり、ぼくたちはサッサとそれを口に掻きこんで、そのあと皆で一服するのが常だったが、ぼくはタバコを吸わなかったので、その時はちょっとカッコがつかなかった。
おじさんはぼくたちがわぁ~っと注文した料理を、一息にザァザァ~っと作ってひと段落してしまうと、厨房の流し台に寄りかかって、腕組みしながらタバコを口にくわえて一服していた。
皆が食後にダラ~っとプカプカするのとは違って、おじさんのその一服はとても様になっていてカッコイイなと思った。
ぼくたちが卒業した後も、一級下の後輩たちが同じように通っていたようだが、お店で制服姿の高校生がダラダラ一服してたら具合が悪かったのだろう、いつからかお昼時は小上がりの座敷にお客を上げなくなり、ぼくたちの学校の生徒は出入り禁止になったと、後になってから聞いた。
おじさんとおばさんは学校の先生たちに叱られたのだろうか、それともお客から苦情でも出たのだろうか。
その時は気がつかなかったが、ぼくたちはおじさんおばさんにとっては、それこそ煙たい客だったのだろうか。
数年後、再びS町でアルバイトをするようになったとき、久しぶりにお店に行ったら、確かに小上がりの座敷のテーブルは片付けられており、もちろん高校生の姿もなかった。
でも、おじさんはぼくの顔を憶えていたのだろうか、ぼくがお店に入って焼きそばを注文すると、ニッと笑ってくれたようでホッとした。
その後、アルバイトを辞めてやっとこさでサラリーマンになったのだが、あるとき近くを車で通ったときに「永楽」はなくなっていた。
おじさんとおばさんはどこへ行ってしまったのだろうか。
お店はなくなってしまっても、そこで働いていたおじさんとおばさんがいなくなってしまったわけではないし。
むかし通ったお店が知らぬ間になくなってしまうことはよくあることだが、その度にそのお店のひとたちがどこへ行ってしまったのか、今なにをしているのかがぼくは気になるのだ。