一昨年、わが家の柿の木が樹齢二十年を過ぎて初めて実を付けた。大振りな富有柿で、ほとんど諦めていただけに嬉しかった。遅咲きというのか、「柿八年」の倍以上かかるとは、要領の悪さはまるでわが身と同じではないか。試しにひとつ、かじってみると渋かった、うへー。
翌年は一気に豊作となった。家内が干し柿にしたが、食べきれないのでご近所におすそ分けするほどだった。ところが今年はどうしたことか、全く実を付けない。だからという訳でもないのだが、家内のお友達から分けていただいた。何という種類か知らないが、綺麗な円錐形の渋柿だ。
皮をむいて干し柿にすると、果肉が甘いゼリー状になった。生の柿とはまた違った味わいがある。二日酔いにも効果があるというので重宝する。自然の滋味という言葉が似つかわしい秋の味覚だ。
庭先に 柿色づきて 一人居り
(一人居るのは我か、彼か。)
柿食らふ 秋を幾年 過ごせしか
(人生は渋柿だらうか。天日にさらされ、やがてやさしき滋味となる。)
物想ふ 我を素知らぬ 鰯雲
(心は晴れずとも、秋空は我関せず。けふも天高く澄みわたる。)