『IBMのPC事業売却をふりかえって』Nikkkさんの日記

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このニュースには驚いた。
世界中の人がみんな驚いたのではないか。

金のなる木の事業、という言葉がある。
マーケティングは、負け犬、問題児、スター、金のなる木、4つのポートフォリオで色づけする。
2004年当時、パソコン事業は、金のなる木で、たしかに今後の成長性は見込めないが、
アクセルを踏み込まない事業として、じっと塩漬けにして食べていけば良いのではないか。
・・・これは、世界中の人間が思ったことであろう。なにしろ、当時PCの世界シェアNo.1の会社である。

どんな事業にも衰退期がある。
300年の歴史を誇る山本山が、住友が、時代の変化に負けず生き残ったように、衰退した事業商品との付き合い方は、なにが自分達の競争力の本質で、なにが本質でないかを見極める力にかかってくる。これは、株の売買で、いつ株を売るか、の判断とは全く異なる事である。

明日を生きるために何を選択するか。人は、自分が捨てるものを選択する、確かな目を養っていかなければならない。

IBMは、PC事業の売却に、人も、ブランドもつけた(売却後、5年間にわたり、レノボはIBMブランドを使用できる)。この判断は、日本の経営者には出来ない事だ。ブランドは売っても、その事業に携わっている人達までつけて売却する、という判断は、日本企業には出来ない。

アメリカの株主優先の考え方は、日本の風土になじまない。企業は人の石垣で成り立ち、企業は、その社員のために存在する。松下電器においては、会社は社会の公器という言葉すらある。
存在意義をないがしろにするのか、と受け止められ、村人から厳しい批判をあびることになるだろう。

しかし、退路を断つという戦略とみるのが一番正しいのではないだろうか。
衰退事業をそのままにして放置すれば、もうしばらくこれで食えるという意識が組織をむしばみ、結局は、米コダックの倒産のように、船が沈没して乗組員全員が不幸になる、末路をたどることになる。

PCのコモデティ化は、IBMに勤務するアメリカ人にとって、もはや自分達の強みが発揮できない、早晩居場所がなくなるからとの判断を引き出した。アメリカ人の考え方は、会社は自分達経営者のために存在するのであり、IBMの経営者は、自分達経営者のために、PC事業を売却した。これが明断とされるかどうか、IBMは現在の好調を継続できればイエスだし、赤字でもだすようなら直ぐ批判の嵐をあびるだろう。


コダックの破綻、IBMの栄華だけをみて、判断するのはやめよう。これしかないという戦略は存在しない。
















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